カフェデートしたい(メイス)

 先に飲み物が出てくる。あ、美味しい。カウンター周辺の調度品とか食器とかも、凝ってるし。あれら全部に店長の趣味が全部出ていそうだ。それを取っ掛かりにして、メイスと話す。一を返せば、二や三に膨らんでくる。それに一や二を返せば、三や四になって膨らんできた。やっぱ、会話のリレーが上手いなぁ。水面のアートを崩さないよう、カフェオレを飲む。「別に、気にする必要はないだろ」飲んだ時点で崩れているぞ、とメイスが笑いながら指摘する。髪も長いし、アイシャドウが紫色な分、色気がすごい。体をこっちに向けて頬杖も突いてるし、本当。色気がすごい。
(モデルさんみたいだ)
 そういえば、服装もいつもより気合いが入ってる。道理でなんか声をかけられることが多いわけだ。名刺も渡されたみたいだし。そう思って、自分にも渡された名刺を見る。どこかのデザイン会社だ。"design"、"er"──"Designer"だ。どうやら、どこかのデザイナーらしい。"Model"の単語もあった。
 マジマジと見ていると、横から盗られる。スッと上から名刺が抜けて行った。
「あっ!」
「要らんだろ。こんなもん」
「でも、誰かに聞かれたかは把握しなきゃだと思うし」
 どう伝えればいいんだろう? しどろもどろに伝えようとするけど、ジッとメイスが見下ろすだけ。うぅ、そのなにか言いたげな目線、やめてほしい。「その」と言葉を続ける。
「なにが目的で、話しかけたのかなって」
 そう伝えきると、メイスがそのまま口を開く。
「わかりきったことだろう。俺たちには関係のないことだ」
「あぁっ!」
 目の前でグシャっと握り潰された。いくら顔を上げなきゃ見えない位置があるとはいえ、これは無慈悲すぎるだろ!? パッと見るからに手が緩むと、グシャグシャになった名刺が見れる。あ、あーあ。これ、どうするの? 他の人には渡せないじゃない。
「ど、どうするの」
「は? 関係ないことだろ。それとも、こういう仕事がやりたかったのか?」
「えっ?」
 仕事って、どういうこと? 訳が分からなくてメイスを見上げる。スンと、メイスの顔からムスッとした表情が消えた。スッと腕を下ろす。自分のコートのポケットに、ゴミを隠したんだろうか。
「それならいい。スナップならともかく、モデルでやるのは、ちぃっとな」
「なに?」
「骨が折れる。それに、面倒事も増えるしな」
「そうなんだ」
 ならやめた方が良さそう。注文したケーキが運ばれる。早速フォークで一口大に切った。うん、美味しい。過度に甘くないし、スポンジも単品で食べれる。また食べてる私をジッと見ている。頼んだコーヒーにも手を付けてないし、食べないんだろうか? 少し、一口を差し出してみる。
「食べないの?」
「じゃぁ、貰おう」
 ちが、そういう意味じゃない。けど、食べる気満々だから、そうしてしまう。
 クッと下へ垂れる前髪やらを耳にかけて、顔周りをスッキリとさせる。口を開けて、差し出した一口を食べる。フォークを咥えたと思ったら、口の中でケーキを外してきた。重くフォークが揺れる。取り終えると、メイスが口を離した。
 身体を戻すと、カウンターに肘を乗せる。顎に指をかけたまま、モグモグと口を動かしていた。
「ん、美味いな」
「うん。流石、凝ってるだけあるなぁって思う」
 感想をいったのを見て、私もケーキを食べることに戻る。横で、メイスがコーヒーを口にしたような感じがした。
「内装も凝ってるし。その分、料理にも凝る感じなのかな?」
 そう話を投げかけるけど、なにも返さない。あれ、可笑しいな? さっきまで、ちゃんと答えてくれたのに。カタンと食器の重なる音が聞こえる。「ケーキ、頼む?」と聞いても「いいや」としか答えない。なにがあったんだろう。あっ、考え事とか?
「ん」
 とりあえずメニューを開いたら、持ち帰りのメニューがある。
「あっ、テイクアウトもできるみたい。これとか、ゲーラ辺りが」
 好きそう、という前に唇を触られる。人差し指で、シーッとするみたいに。もちろん、人差し指の元はメイスだ。気怠そうな顔で、私を見ている。しばらくすると、メイスの指が離れた。唇が解放される。
「えっと。げー」
 ら、と言い切るよりも先に人差し指を立てられた。上唇に触れた感覚に、思わず唇を閉じてしまう。反射的にだ。軽く唇に力を入れて押し上げてみるけど、ピクリも動かなかった。手首を掴めば済むだろうけど、なんか違う。この仕掛けられた勝負は、手を使うことを良しとするように感じられなかった。
 キュッと唇を引き締める。それから口の力を緩めるけど、離れようとしない。
「え、っと」
 声に出したら、ようやく離れた。
「テイクアウト、お土産は?」
「後でいいだろ」
「でも、ゲーラやリオにお土産買っておいた方が」
 先に楽になると思う。と言い終わるよりも先に、唇で塞がれた。ちょうど、誰の視線もない中で。カウンターにいる店長は背を向けているし、店内にいるお客さんは別のことに夢中。そもそもカウンターの端で、壁際。同じカウンターに座ってる人からはメイスの背中しか見えないし、プランターの仕切りで向こうからも見えない。スタンプのように押して、離れる。コーヒーの苦い味が、染み込んできた。
「次、ゲーラの名前をいったら、またするからな」
 そう念も押してくる。トンと鎖骨の凹み辺りも押された。ちょっと喉がビックリする。(ゲーラは、いやなんだ)でも、リオのことについてはなにもいわない。
「リオは、別にいいんだ」
 思わず聞くと、いつも以上にメイスの顔が渋くなった。リオでもいやなんだ?
「リオは、っつーか、他の男の名前を出すんじゃねぇ」
「他の、おとこ?」
 性別的な意味で? そう聞き返すと、メイスの眉間に皺がグッと寄った。
「そう、じゃねぇ。俺といるときは、俺に集中しろって話だ」
「そうなんだ」
「やけに素直だな?」
 感心したようにメイスが頷く。「まぁ」とだけ返しながら、カフェオレを飲んだ。もう水面のアートは崩れている。
「なにかあるだろうと思うから」
 それで考えるとすれば、水を差すのも悪い。素直に受け取るのが、一番いい恩返し、じゃない。一番いい受け取り方になると思うからだ。もう一口、カフェオレを飲む。ジッと黙り込むメイスが、自分のコーヒーを飲み始めた。一口、二口。強いカフェインで喉を潤している。ムッとコーヒーのカップが離れる。拭い取れなかったメイスの唇の色が、カップに付いていた。
「良い心掛けだな。それを忘れないようにしてくれ」
「うん」
「それはそうとして、許さんがな」
「えっ」
 突然の宣告に、固まってしまった。


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