元村人のある日の連なり(消火後)

 フラッと街の中を歩く。あれやこれやと買う物を探していたら、昔お世話になっていた人と出会う。バーニッシュの村で、トップの補佐として働いていた人たち。今はもうバーニッシュじゃないから、お互いに顔馴染みって感じ。こっちに気付いたからか、ヒラヒラと手を振る。パッとかニッと笑顔を見せた。かわいいな。視界から消えたので、こちらも用事に戻った。

 ▽ ▽ ▽

 最近見つけたカフェで、のんびりと寛ぐ。カフェオレを飲んでいると、雨が降ってくる。既に天気予報はチェック済み。あらかじめ、折りたたみ傘は持ってきている。バーニッシュだった頃は、大変だったな。濡れるたびに力が出なくなった。頭が濡れて力が出ないって、パンのヒーローじゃあるまいし。お茶請けに出たクッキーを齧る。ザァアっと強くなる雨の気配に振り向いたら、リオがいた。あの三人も一緒。どうやら、傘を持っていなかったのらしい。四人して、徒歩。それも雨の中を走っている。リオは笑っているし、二人は切羽詰まっている。残る一人は、ギュッと目を瞑って口を開けていた。雨が目に入るんだろうな。それに口へ入る。「アハハ!」「ボス!」「それじゃぁ濡れますよ!」「うぇ、ぺっ!」多分、そんな会話をしていたんだろう。しばらく眺めていると、向こうへ消えてしまった。帰り道だったのかもしれない。カフェオレをもう一口飲む。

 ▽ ▽ ▽

 図書館ではお静かに。久々に本に触れたくて、市の図書館に向かった。あっ、前から欲しかった本だ。バーニッシュになる前に見てたものだから、もう図書館に並んでいる。刊行年月を見ると、古い。もうそんなに経つんだな。そう思って席を探していたら、あの二人。どうやら向こうも寛いでいるようだ。思い思いに本を読んだりスマホを触ってたりする。元々四人掛けだから、空いてる席があれば座ろうとする。現に、今座ろうとする人が、あっ、追い返した。もしや、リオのために席を確保しているのだろうか? そう思ってたら、もう一人がやってくる。あっ、思い出した。ゲーラとメイスで、アレがななしだ。手にたくさんの本を抱えている。それを見てメイスが立ち上がって、席を譲った。端に座ろうとしたななしが首を傾げる。あっ、強制執行。戸惑うななしを自分の座ってた椅子に座らせ、その横を陣取る。あ、あーあ。ゲーラが面白くなさそうな顔をした。それを気にせず、ななしがノートを取り始める。鈍感なの? でもゲーラとメイスの機嫌が落ち着いたようだ。親鳥みたいに、雛鳥の様子を見ている。この辺りで座るのは止そう。別の場所を探して、そこで読書をすることにした。窓辺だから、日当たりが良好。寝そうだ。

 ▽ ▽ ▽

「あっ」
 といきなり声をかけられる。えーっと、誰だっけ? あっ、ななしだ! 顔だけを思い出せても、名前だけを思い出すことが難しい。どういうことをしたのか、は覚えているのに。村の人も「あっ、ちょっと」「ねぇ」の一言で気付いて呼びかけに答えていたし、なんというか。と思ってるうちにこっちに近付く。おっと。もしかして、見ていた視線に気付いたのかな。
「その」
 といって、少し悩んでいる。言い直しを考えているようだ。終わったのか、話そうとしている。
「この街には住んでいる感じで?」
 そう尋ねてきたので、yesと答える。マッドバーニッシュと違って、普通のバーニッシュはそこまで顔は割れてない。一人は故郷に帰ったし、もう一人はどこかにフラリと消えた。こっちもその一人で、プロメポリスから去った身だ。例え以前より良くなったとはいえ、色々と嫌なことがある。それらを思い出したくて、離れたのだ。故郷とどこか似た街で、こうしてなんでもない日を過ごしている感じだ。
 ──そういう貴方たちは、旅行で?
 と聞けば、ななしが「うん」と答えてくる。声に出してはいない。軽く頷いて答えた。どうやら、リオも来ているのらしい。愛車で海に近い峠を走っているという。もしかして、バイクでここまで? そう聞くと「まぁ」と返事がきた。肯定の意味で。プロメポリスからここまでは遠いというのに。よくもまぁ、ここまで。
「途中で休憩も挟んだから、事故を起こすような感じはないよ。ちゃんと食事もしたし」
 と、ななしが自分の指を折りながら話す。数を数えているのだろうか? 話す素振りは、ゲーラとメイスを前にしたときと変わらない。
「それに、休む先で訪れる町とかを、ちょっと観光できるし。そういうのも楽しいよ」
 そうやってオススメをしてきた。うーん、そこまでは無理かも。体力がない。その提案に断りを入れる。無理そうだから、近くから回ろうとするよ。そう答えたら「そっか」と笑われた。同意と肯定を示す笑顔である。そういえばリオ、今頃どうしているんだろう。
「確かに、その方が楽かも。一つのところで、ゆっくりできるし」
 うん、こっちもそう思うよ。と返して、ななしと別れを告げた。さて、買い物の続きに戻ろう。

 ▽ ▽ ▽

 今日もよく働いた。面倒臭いから、どこかで食べて帰ろうかな? それか、買って帰るか。近くにデリがあればよかったのに。みんな大好き、お馴染みのバーガーに寄る。チェーン店で、小さい町でもあるときはある。大都市だったら、絶対。ピザは、いっか。どちらかといえばペパロニだけを食べたい。そう思って店に入ったら、リオとゲーラとメイスに出会う。ちょうど鉢合わせだから、「あっ」と強制的に声が被った。
「君は、あのとき世話になった。元気にしてたかい?」
 えぇ、とても。とリオに返す。ゲーラを見れば、形だけ「よっ」でメイスは首を軽く傾げた。リオの話を遮りたくないんだろう。サイレント挨拶をしてきた。久しぶり、とだけ返す。不思議に思ったリオが、二人に振り向いた。
「知っていたのか?」
「へい。以前買い出しに出かけたときに」
「ここに着いた途端、ボスがベッドに突っ伏したときのことですよ」
「あっ、あー。あのときか。あれは悪かったよ」
「まっ、吐かないだけまだマシっつーことで」
「次からは気を付けてくださいよ」
「ぐっ。いわれなくても、気を付けるさ!」
 プイッと腕を組んで顔を反らす。村にいた頃と比べて、随分と柔らかくなったな。やっぱり、バーニッシュじゃなくなって、マッドバーニッシュのリーダーじゃなくなったからだろうか? 考えていると、リオがこっちに気付く。慌てて話題を変えた。
 ──ここへは、なにをしに?
 そう旅の目的を尋ねると、リオの顔がパァっと輝いた。
「あぁ! ガロから、この町の海は綺麗だと聞いて。それを見たくなったんだ」
「ボスと一緒に火消しをした、トンガリ頭のことだよ」
「トサカじゃないか? いつもけたたましい声で『俺の火消し魂の方が熱い』とか叫んでたヤツだ」
 あぁ、思い出した。あの青い頭の、火消しの青年。それとリオが親しいようだ。思えば、バーニッシュ同士で固まった避難所で起きた騒ぎも、彼が止めたような気がする。どこでも引っ張りだこだ。
 仲がいいんですね、と聞けばリオがはにかんだ。小さく首も傾げて、かわいい。
「そうでもないさ。ただの腐れ縁だ」
「腐れ縁で、ここまでねぇ」
「そこまで海が見たかったんですか。ボス」
「うるさい! 誰だって、たまには海を見たくなるものだろ」
 その顔を見る限り、言い訳にしか聞こえない。プイッと顔を反らし、顔を赤らめたまま頬を膨らませる。ついでに唇も尖らせていた。やっぱりかわいい。ゲーラもメイスも、昔みたいにリオに接してない。幹部という立場はどこに行ったんだろう。それすらの、垣根を乗り越えて仲がいい? ますます羨ましい。
 あぁ、もう一人リオと仲がいいのがいた。ななしだ。そういえば、まったく姿を見ていない。ドリンクが四本あることから、きっとまだ一緒にいるんだろう。事件に巻き込まれた様子もないし。どうしたのか?
 ──ななしは今、休んでいるの?
 と聞けば、二人が黙った。さっきまでの様子がサッと消えて、無表情に近い。それから、固まったようにこっちを見た。これとは反対に、リオが肩を竦める。
「ノーコメント。察してくれ」
 そういわれても、そちらの事情は知らない。ゲーラとメイスとななし。この三人は、親鳥と雛鳥みたいじゃないか。なにかあったのだろうか?
 もしかして、罰ゲームで疲れたり? 確か、ななしがゲーラとメイスに巻き込まれる形で、賭け事に興じていたような気がする。と思って聞き返せば、二人が驚いたように肩を跳ねた。
「あっ、あぁ! そんな感じだ!!」
「いや、なに。白熱、してしまってな」
「本当にな。あの状態で連れて帰ったときは、とんでもなく驚いたからな」
 寝起きに悪い。と告げるリオに気付く。あっ、これは自分の出る幕じゃない。なにかが起こるべくして起きたんだろう。三人の手にある袋を見ながら、今日食べるものを考えた。


<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -