複雑な心境(前日譚前の前)

 腕の中でななしが気持ちよさそうに喘ぐ。「いい」とか「イく」とか叫んで、体を仰け反った。まるで海老みたいに仰け反ったかと思いきや、ギュッとしがみ付いてくる。腰に微かに感じるホールド感とぼやけるななしの顔に近付いた途端、パッとゲーラの目が開いた。パチパチと火の弾ける音が聞こえる。焚き火だ。見張りに異常はなく、何事も起きてはいないのらしい。目の前にはななしがおり、反対側にメイスが寝転がっている。(夢か)熟睡するななしの顔を眺めたあと、ゲーラは目を閉じた。
 後ろから組み伏せ、ななしが仰け反る。腰を動かせば大層イイところに当たるのか、ななしの背筋がブルリと震えた。腰が跳ねるたびにキュウキュウと締め付けようとする。荒く息をしながら「待って」「まだ」「あっ」と絶え絶えに要求をいう。グッと肩を引っ張り、後ろから覆い被さる。「そうはいっても、ここがいいんだろう?」といいながら髪に鼻を埋めれば、ななしの匂いがした。(リアルだ)グリグリと顔を押し付け、はぁと息を吐く。体に布が擦り、ななしが膝を摺り寄せる感触がした。
「おい!?」
「ハッ!?」
 肩を掴まれて引き剥がされる感触に目を開ければ、目を見開くゲーラがいた。メイスもまた、同様に目を見開く。咄嗟に立ち上がったものの、周囲に警戒が必要なものはない。不審な物影も、敵の出現もなかった。ゲーラに顔を戻せば、カッと見開いたまま震えている。寝る前の様子を思い出す。自分たちの間にいたななしはまだ、眠ったままだった。
「あっ。その、すまん」
「いや俺の方こそ、わりぃ。いきなりデケェ声出しちまって」
「あ、あぁ。次からは気を付けてくれよ」
「おう」
 と会話を終わらせて、寝直す。もぞもぞとゲーラはななしと向かい合い、メイスは背を向けた。背中合わせになる。ななしが寝返りを打ったことで、メイスの背を追う形となった。気まずい空気が流れる。その夜のことを知らないななしは、包み隠さずいった。
「なんか最近、変だね」
 突然告げた事実に、ゲーラとメイスは顔を合わすことができない。事実、あの夜からななしと目を合わすことも気が引ける。妙に距離を作っていることも、ななしは肌で感じていた。淡々と、視線を二人の頭部から離す。
「別に、ただ気になっただけだから。それならそれで、別にいいけど」
「あー」
「その、すまん」
「なにに? なにか、したっけ」
「いや、お前のことじゃねぇよ。ただ、踏ん張り方ってぇモンを探しているだけだ」
「踏ん張り方って?」
 話を飲み込めないななしが、ゲーラの裾を引っ張る。肩から背中にかけて張ったジャケットの感覚に、グッとゲーラは息を飲み込んだ。いえるわけがない。あの晩見た夢の内容を、それからずっと我慢しているようなことは。
「その辺りにしてやれ、ななし」
 先に動いたのはメイスだった。意を決して、ななしと向かい合う。呆れたように溜息を吐く。その動きで目を閉じることができた。
 ななしとの直視を避ける。
「そんなことをいったら、困るだろう」
「なにが? 踏ん張り方って? メイスもどうして」
 とななしが同じように尋ねる前に、口が閉じた。ゲーラの手だ。後ろから伸び、ななしの口を塞ぐ。
「色々と、気の持ちようとかがあるんだよ」
「そ、うだ。俺にも色々とあるんだ」
「ふぐ」
「一応、悪いようにはしねぇよ」
「んぐ『悪い』って?」
 ゲーラに振り向くが、プイッと顔を背ける。メイスにも尋ねようとするが、こちらも顔を背けた。両者とも、返答を避ける。物言いたげなななしの目が、ジィっとメイスを刺した。これに耐え切れず、メイスがいう。
「わ、悪くしないといったら、悪くしないんだ」
「なにそれ」
 後ろからゲーラに肩を掴まれ、腕を回されたまま、ななしが尋ねる。その追い打ちに、いくら頭の回るメイスでも手の打ちようがなかった。
 沈黙で返す。事情を知る仲間は「アイツらも大変だなぁ」「同情するぜ」などの言葉を、心の中でかけていた。ななしは首を傾げる。男二人、複雑な心境を解消できないまま、黙った。


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