タナバタ

 七夕よりも、独立記念日の方が強い。独立記念日を祝う祝賀から三日後、妙に星空を眺めている人が多い。見上げれば、溢れた川みたいに星がいっぱいだ。(あまのがわ)ぼんやりと、昔聞いた銀河の名前を思い出した。七月七日、この日に見える銀河は『アマノガワ』らしい。
 ボーッと空を見上げる。不思議に思ったのか、ゲーラがこっちに振り向いた。
「なに見てんだ、お前」
「いや、やけに空を見る人が多くて」
「空? あぁ」
 メイスは、なにやら思い当たるところがあるのらしい。周りを見て、一人頷いていた。止まるエンジンの音がうるさい。
「『タナバタ』ってヤツだからか」
「タナァバタって?」
「はぁ? なんだ、そりゃぁ」
「さぁ、どっかの国の伝統らしい。こっちには、娯楽ついでに伝わったって話だ」
「ごらくついで」
「それが、どうしたって空を見るに繋がるんだ」
「知らん。星に願いをかける日、としか伝わってない」
「へぇ」
「ケッ、下らねぇ。流れ星が大量に降る日でもねぇのかよ」
「でも、ないらしいな」
 こっちだと、そういう風に伝わってるんだ。信号機が青に変わり、止まったバイクが走り出す。ビュンビュンと風を切るものだから、思わずゲーラの体にしがみ付いた。私の分のバイクは、今のところない。なぜなら、彼らみたいにそこまでバイクを弄らないからだ。足は交通機関ので足りるし、最悪どこかから借りればいい。ビュンビュンと流れる景色を見てたら、高度が上がった。坂だ。二人は今、坂を上ってる。
「帰るんじゃなかったの!?」
 そう聞いても、返ってこない。なんなんだ、いったい。むくれながらも、二人の行き先に付き合う。メイスがゲーラを追い越し、メイスの髪がたなびく。後ろに乗ってないと、あぁなるんだな。なんて思ってたら、ぐるんぐるんとカーブの酷いところに入る。(うっ、うぇ)ゲーラの服を掴み、体幹をバイクのバランスに合わせる。少しは後ろに乗ってる人のことも気遣ってほしい。バランスが落ち着いたのを見て、薄く目を開ける。すると、すごい景色が広がっていた。
「うわぁ」
 そう感嘆を漏らしてしまうのも無理はない。眠らない街が暗闇のドーナツの真ん中にあって、その明るい穴も小さい。その癖、文明の勝利の小ささを比較するかのように、満天の星空が地平線まで広がっていた。頭上から、地平線に向かって、真っ直ぐ。しかも反対側も同様。これじゃぁ、七夕どころかお星さまのフェスティバルだ。
「すごい! ねぇ、空がすごい見えるよ!?」
「あー、そうだなぁ」
「舌を噛むぞ。あともう少しの辛抱だ」
(あともう少しって?)
 聞き返そうとしたら、ビュンと速度が上がる。乱暴な運転だ。放り出されないよう膝にギュッと力を入れ、ゲーラとバイクにしがみ付く。切り裂く風を感じること、数分。ようやく、バイクが止まった。
 ガチャン、とサイドスタンドが降りる音が聞こえる。
「ほら、着いたぜ。目ぇかっぽじって、よぉく見やがれ」
「元々、こういった目的で使う観光客も多いからな。今回は、時期が外れて貸し切りだ」
「どういうこと?」
 目を開けるけど、広い草原ばかりだ。建物もありゃしない。いや、丘だろうか? 暗闇に紛れているけど、森みたいなのも見える。
「ちげぇよ。上だ、上」
「満天の星空だぞ」
 いわれて見上げれば、確かに満天の星空だ。でも、さっき見たドーナツ状のとは違う。どちらかといえば、あれを見たい。二人には悪いけど、さっきの方が感動が強かった。グイッと二人の服を引っ張る。星空を鑑賞中に悪いけど、もっといいところを知っているのだ。
「ねぇ、さっきのカーブ曲がったあとのところまで戻って」
「あぁ!?」
「おいおい、冗談だろ」
「ここより、アッチの方が見れるのがたくさんあるよ」
 そこまでいったら、二人が顔を合わせた。まだ、疑問が残っている。けど運転中だったのだ。操縦する二人が気付かないのも無理はない。「星空以外も見れるから」そう伝えると、二人が顔を戻した。
「ここより、ねぇ」
「期待外れだったら、覚えとけよ?」
「ん。期待には沿えるつもり」
 ギュッとゲーラに抱き着く。サイドスタンドが上がり、またエンジンが入る。「なにが出るのやら」と、メイスが茶化していう。口調は軽いけど、半信半疑の本音が漏れ出ている。
「ムッ、期待させて損はしないから」
「へいへい。期待してるよ」
「外れたときのもな」
 反論したら適当に二人に返される。なんなんだ。外れる前提に話して。そんな投げやりな態度にムカッときて、思わず「ベッ!」と舌を出してしまった。「あとで覚えておけよ」と見てたのらしいメイスがいう。バイクのエンジンを入れてる最中でも、視界の端に入っていたんだろうか?
「まっ、帰ったらヤるの決定だろ」
「そうだな。どちらにせよ、お楽しみがあるわけだ」
「ぐっ。だったら、期待以上だったらなにか奢ってね!」
「へいへい。安い女だなぁ」
「キャンディか、それともプリングスか。何味がいい?」
「サワークリーム&オニオン!!」
 メイスの質問に答えたら、キランと星が光った。
 バイクが走り出す。サワークリーム&オニオンの味に思いを馳せて、またゲーラにしがみ付いた。ブォンと音が聞こえる。瞬きをしない内に、草原が遠ざかった。坂を降りる。もう一度振り返れば、丘はとても小さくなっていた。
(速い)
 夜空を見上げても、相変わらず川が溢れているだけだ。天の川を見つめる、暇もなくガタンとゲーラの背中にぶつかる。
「ほら、着いたぞ。ここかよ」
「街を見渡せるだけだぞ?」
「そうそう。ここ、ここ」
 いったいなにがあるっていうんだ、っていいたげなメイスに、そうとだけ返しておいた。プロメポリスの都市部は眠らない。この人工的な灯りの小ささと夜空の大きさがいいのに、二人はわかってなさそうだ。
 首を傾げて、怪しそうに街を眺める。
「これのどこが、いいっていうんだぁ?」
「わからん」
「これと空を見上げれば、わかるよ」
 そう比較を示しても、二人にはわからないようだった。


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