診察帰り

 何度走っても、あの大きな舟は今も鎮座する。パルナッソス号だ。私たちバーニッシュを、エンジンとして回した舟だ。一部のバーニッシュたちにとっても、未だに忌まわしいものだ。「あれ、いつになったら解体するのかな」と呟けば「わからん」と返ってきた。なにそれ。
「向こう一年、あのままだとさ」
 金がないのらしい。と風のビュンビュンいう中で聞こえた。それって。キュッと信号機で停まる。
「バラして売ることは、できないの?」
「するには技術者がいる。向こうに割く余裕がないんだろう」
 他にもやることがある、とメイスが付け足した。信号機が青になって、走り出す。街の中を走っていると、買い物中のゲーラがいた。
「あっ、ゲーラ」
 それにメイスも頷く。キュッとバイクを傾かせて、進行方向を変えた。
「ゲーラ!」
 メイスが叫ぶと、ゲーラが気付く。手に買い物袋を抱えていた。手を振り返すと「よっ!」と顔を上げた。元気がいい。こっちに近付いてくる。
「治ったか?」
 症状の緩和だろうか? どちらかといえば、話をして薬をもらっただけである。首を振り「もらった」とだけ返す。それだけで伝わらなかったのか「薬をな」とメイスが付け足した。
「症状が酷いときに飲めば、緩和するのらしい」
「へぇ。なら良かったじゃねぇか。だとよ、ななし」
「知ってる」
「診察された本人だからな。少し持とうか?」
「おう、頼むぜ。で、どこに置くんだ?」
「ななしが持つ」
「なるほどね」
 荷物が重い方を持った方がいいんだろうか? 手を伸ばすと、軽い方を渡された。この感触、トイレットペーパーとかが入ってる。
「潰れるモンは、俺が持つわ」
「だろうな」
 多分、卵とかが入ってるんだろう。潰れると、確かに困る。
「ところでよ、診察まで入ったのか? 付き添いの人間でもよ」
「まぁ、触診でなければな。あとは翻訳だ」
「翻訳ねぇ」
「読めてないところがあったんでな」
 ま、俺が適任だったわけだ。とメイスが伝えた。それにゲーラがジト目になる。「ふぅん」と不満そうに見ている。フンとメイスは鼻を鳴らした。なんか、猫の喧嘩も見ているみたいだ。唇を尖らせたまま、ゲーラが視線を逸らす。
「ケッ、そうかよ」
 まるで負け惜しみだ。なにに対してかのは知らないけど、多分悔しそうにはしている。
「大丈夫だよ。メイスにも読めるなら、ゲーラだって読めるだろうし」
「そういうことじゃねぇよ」
 今度は、こっちに唇を尖らせてきた。グッと顔を近付ける。その顔があまりにも太々しいものだったから、思わず指で突いた。
「ななし。あまりそういうことは、外でやらない方がいいぞ」
 そうメイスが指摘する。尖った唇を、指で押さえただけなのに。刺々しいメイスとは反対に、ゲーラの顔がどんどん赤くなる。同じジト目なのに、変なの。そう思いながら手を離すと「覚えてろよ」と吐き捨てられた。
(いったい、なにを)
 そんなことを思いながら、発進するメイスにしがみ付いた。


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