とても体調が重い日

「少し、過保護すぎないか?」
 業を煮やしたリオの発言に、ゲーラとメイスは固まった。自分たちの行いより、リオの態度に驚いたようだ。当の疑問を向けられた本人は、大人しくゲーラの膝の上で丸まっている。女性が月に一度訪れる日が、とてもつらいのだ。本人は口に出していないが、日にちがズレたせいで余計に重い。痛みも、行動するだけの負荷も通常より酷いのだ。なので思考も鈍り、リオの質問に答えられない。ただ、聞くだけだ。
 熱いエッグノッグがテーブルに置かれる。不愉快なリオの視線は和らがない。それを見て、二人は鼻で笑った。
「ヘッ、まだまだお子ちゃまだな。リオ」
「好きな女ができれば、自ずとわかるさ」
「はっ? そこまでベタベタする理由がか? 確かに、生理というのは辛いと聞くが」
(それ、普通にいわないでほしい)
 恥ずかしい、と当の本人が思う。だが、下半身の内臓が捻じれるような痛みが引かない。大人しく、三人の話を聞くだけに留める。
「ちょっと、ベタベタしすぎないか? 正直、人のいないところでやってくれ」
「しゃぁねぇだろ? コイツが、つれぇんだしよ」
「こういうときは温めるに限るんだ。ほら、起きれるか?」
(正直、起きにくい)
 けど好意は無碍にはできない。ななしはゆっくりと起き上がり、体の向きを変える。ソファの肘掛けから床へ足を降ろすと、空いたスペースにメイスが座った。両脇を固める。
「熱い」
「出来立てだからな」
「ほら、ちゃんと温かくしてろ」
 フーフーとカップを冷ますななしに、ゲーラが毛布を掛け直す。上半身を覆っても、下半身が足りない。ソファの背に落ちた毛布を、メイスが拾った。ななしの膝にかける。
「まるで、お姫様扱いだな」
 うんざりしたリオの毒に、ななしは肩身が狭くなる。しかし、ゲーラとメイスは気にしない。寧ろ、現状に滑稽さを覚えていた。あのリオが幼稚な嫉妬を露わにしているのだ。これを面白く思わないわけがない。
「男の訓戒ってぇのを、知ってか? リオ」
「知らん」
「というか初耳だな。どうせ下らんことだとは思うが」
「オイ!! まぁ、ともかく好きな女は大事にしてやれってことよ」
「聞いてないからって、好き勝手いってるな」
「こういうときは一番弱っているんだ。一人にさせるより、傍にいた方が心強く感じるんだ」
「へぇ。そうなのか」
 まぁ、僕にとっては関係ないけどな。といわんばかりにリオの頬が膨れる。眉を顰め、空気のない方へ頬杖をつく。完全にむくれているようだ。クックッ、と喉の奥で笑う。そんな二人に、リオは唇を尖らせた。
「なんだ?」
「いや、別に?」
「安心しろよ。オメェがへばってるときにも同じようにしてやるからよ」
「余計なお世話だ!! それが必要なのは、ななしの方じゃないのか? ほら、今みたいに」
 そういうときに男手が必要なのだろう? と聞けば、コクンとななしが頷いた。素直だ。それほどまで、今回のものは酷いのだろう。青白い顔のななしに、リオは溜息を吐く。鼻で重く吐き出したあと、口を開いた。
「お前も、あまり二人を当てにするなよ? 僕だって頼れるんだからな」
「ほう。俺たちの仲に割り込むつもりか?」
「わりぃが、リオ。譲る気にはならねぇなぁ」
「そんなつもりは毛頭もない。なんというか、負担は分担した方が軽くなるだろう? それでだ」
「負担? 悪いが、そのように思った覚えは一度もない」
「だぜ。寧ろコイツが寂しがらねぇか、コッチが気を揉んじまう」
「お前たちな。あとでどうなっても知らんぞ」
 キリッと気を引き締めるメイスの横で、ゲーラがななしの肩を抱く。全て、ななしが三人の会話を聞き取れないせいだ。なにをいっているのか、会話に集中する力がないのだ。ボーッと、エッグノッグを見つめる。カスタード色の表面に、湯気が生まれた。
(甘いけど、スパイスの味がする)
 シナモンの味だ。一口飲むたびに、シナモンスティックがななしの唇に当たる。本来は、それでグルグルと掻き混ぜるものだろう。だが、それに気付く力がない。全て、体から不要な内臓の一部を剥ぎ取ることに体力を使っているからだ。
 フラフラと体が揺れる。肩を支えるゲーラを軸にして、カップの残りを飲んだ。未だに三人は会話を続けている。
「ヘッ、聞かれたら聞かれたで上等よ! 今度こそ、わからせてやるだけだからな」
「あとはどう、本人に届くかが問題だが。やれやれ、これで決着が着く」
「着きそうか? 僕にはどうも、平行線を辿るようにしか思えないんだが。まぁ、いい」
 ななし、とリオが声をかけるが気付かない。ボーッとカップの中身を見るだけだ。それが気がかりになり、リオは腰を上げる。ななしに近付くと、その眼前で手を振った。
「おーい?」
「んぁ? 気付いてねぇのか」
「こりゃ重症だな。早く休ませた方がいいか」
「だからいっただろう。早くベッドに運んでやったらどうだ?」
「知らねぇのか? 病は気からってのがあんだろ? 傍にいたら軽くなるってのもあるんだぜ?」
「好きな女には、寂しい思いもさせたくないからな。なるべく一緒にいてやりたいものだろう?」
「お前たちなぁ。それ、本人が回復したときにまた目の前でいえよ」
 そう釘を刺すリオに、ゲーラとメイスが固まる。今度は少しの驚愕と放心ではなく、図星だ。──本人を前にしたらいえないことも、今ならポンポンといえてしまう──。この状況に胡坐を掻いていたことを指摘されれば、なにもいえない。サッと二人の顔が青くなる。それに、リオは頭を抱えてみせた。


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