少しは進歩するさなげやま(卒暁後)

 サクッとクッキーを一口で齧る。(うん)たまたま買ったにしては、ちょうどいい。ホットケーキの生地をそのまま食べたい人向けの味もする。ちゃんとクッキーは火に通っており、焼けている。お腹を壊す心配もない。(これが、一〇八円)税込み価格で、ある。税抜きだと一〇〇円だ。テイクアウト商品であるから、計算もしやすい。こういう都合もあり、なるべくこんにゃくも原価と相談してキリのいい数字に──という戦略的な要素はあった。(なんか、ティータイムにちょうどよさそう)紅茶屋さんが本気で作った紅茶のクッキーも気になるが、今は駄菓子気分で買えるものがちょうどいい。そう思ってたら、先輩がホットミルクを入れ終えていた。
 電子レンジから、オートで温めたものを取り出す。
「牛乳」
「あぁ。悪いかよ」
「別に、誰も悪いとはいってないけど?」
 それなのに不機嫌とは、どういうことだ。こっちも釣られて、ムッとしてしまう。よく見れば、眉は吊り上がっているだけで皺は寄っていない。腰に手を当てて、胸を張りながら飲み始めた。まるで威勢を強めているみたいである。(これは。ははーん)合点が行った。恐らく子どもっぽい飲み物だからだろう。『ホットミルク』といえば、子どもが飲むものだと喧伝する作品もある。「ミルクを頼むくらいならママのおっぱいを飲みな」という西部劇の古い作品にもある。それらを統合して考えると、ちょっと先輩の思う「らしさ」とはかけ離れているせいだろう。思えば、先輩がホットミルクを飲む姿なんて、見たこともなかった。
「家でも飲んでたんですか?」
「飲んでねぇよ。ガキの頃に卒業した」
「どのくらい小さい頃の話を差していて?」
「少なくとも、小6に上がるまでだ。その頃にはとっくのとうに卒業してらぁ」
「へぇ?」
「なんだよ。信じらんねぇっていうのか?」
「小さい頃の先輩を見たわけじゃありませんから」
「タイムトリップしてたら、それこそ困るっつーの」
「へぇ?」
 そんなに困ることでもあるのだろうか? 疑問に思ってしみじみと先輩を見上げていると、ジト目とかち合う。目を閉じてホットミルクを飲んだ先輩が、不満そうに私を見ていた。
「んだよ」
「いや、小さい頃になにか秘密があるのかと」
「ねぇよ! んなもん!! あっても、特にもっ」
 ピクリ、と先輩が途中で固まる。(なるほど。ある、と)この動揺を見るに、いってる傍から思い出したらしい。まぁ、誰しもそう易々と小さい頃の話はしたくないものである。幼児の万能性で引き起こした怪我や無茶など、色々ある。大きくなった今では、恥ずかしく思うくらいだ。紅茶のクッキーを、一口で齧る。お菓子に合う紅茶を使っているだけ、とても良い。アールグレイの茶葉は小麦粉や砂糖、果てはホットケーキミックスの粉にも合うようである。どうしてここまで紅茶の味が出てるのか? しかも茶葉の良さだ。気になって袋を引っ繰り返してみると『紅茶パウダー』の文字。なるほど、化学の力だったか。
「まぁ、アルバムとかで事足りますからね。タイムスリップなんかしなくても」
「見るのかよ。だったら、お前のも見せろよ? どちらか一方だけとは、不公平だからな」
「あったらね」
「あ? あぁ、そういうこと。なら、この話は無しだな」
「はぁ? どういうことですか、それ」
「無理に見せたくねぇってことだよ。気が乗らねぇ」
「あぁ、そういうこと。まぁ、私も今すぐ見たい気じゃないですか」
「おい。だったら、どうしてそんな話になったんだよ」
「先輩から言い出したことじゃないですか。まったく。私もホットミルクが飲みたくなってきた」
「冷蔵庫にまだあるぜ」
「それはどうも」
 案内に従い、冷蔵庫を開ける。すると、先輩のいった通り牛乳がある。残りも、まだ一人分くらいはありそうだ。
「牛乳、買い足さないと」
「だったら、ついでに買ってきておくか? 今日の夕飯の材料も」
「うーん、それだったら冷凍のものも買い足したいからなぁ。一緒に行っていい?」
「おう。いいぜ」
「やった。じゃぁ、荷物持ちよろしくね?」
「へいへい。袋、デカい方がいいか?」
「いつものでいいと思う」
 中くらいのサイズを二つだと、私も持てるし。そういうと、先輩がホットミルクを飲む。ゴクッと喉仏が動いた。喉から出た突っ張りが、上下に。(そういえば、新約聖書だとアダムの食べた林檎が引っ掛かったから、とあったな)それが骨ではなく林檎の欠片だとしたら、いつまで喉のそこに引っ掛かっているのか? そう考えると、先輩がチラッと見てくる。
「で? 何時に出る予定なんだ?」
「未定ですね。一層のこと、四時辺りに出て五時のタイムセールスを狙おうかな」
「やめとけ。ありゃぁ戦場だぞ」
「あら。見たことがあるような口振り」
「袋田から聞いたんだよ」
 スーパーのタイムセールスは激戦地区だってな。といって、先輩が使ったカップを洗う。チンとなったオーブンレンジから、私の分を出した。
「出したのに。ありがとう」
「別にいいだろ。どーいたしまして」
 ちょっとした口論のやり取りをして、先輩から受け取る。ふぅ、と息を吹きかけてから、砂糖を少し追加して。ついでに小さな小瓶のリキュールを少々、入れる。
「普通、夜に飲むもんだろ」
「リラックスしたいからいいの。運転するわけでもないから」
「ふぅん。そうかねぇ」
「なにか?」
「いや、別に?」
「ちゃんといってくださいよ。地雷でもなければ」
「おい。今、いおうとしただろ。いってみろや!」
「なんでそう喧嘩腰なんですか!? もう! 小ささをかけていわれたいんですか!?」
「ぐっ! だったら!! 俺、は」
 とそこで口籠る。なんだ。先輩からいってきたことなのに。ジッと見ていると、先輩が顔を反らす。ポリポリと頬を掻きながら、具合が悪そうにいってきた。
「お前の、夜のことをネタにしていうぞ」
「は!? 馬鹿ですか!?」
 流石に大声を出さざるを得ない。一番いわれたくないことを出されて、カッと顔が赤くなった。思わず噛みつく。それでも先輩はこっちを見ようとしない。──こういうときは、自然回復が一番──そう頭でわかっても、納得できないものは納得できなかった。


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