接触したい猿投山VS避けたい文月(在学中)

 恐る恐る猿投山が近付く。文月は気付かない。その機を好機と見て、猿投山はギュッと抱き着いた。机に向き合う文月は、呟く。
「なんか」ボソッと吐き出された一言に、猿投山は大きく身構える。行動の内には小さく出たが、胸中は酷く動揺した。両腕で猿投山に抱きすくめられながら、文月はいう。
「警戒してません? 行動に、怯えが見えるというか」
 ビクッと猿投山の肩が跳ねる。『怯え』を指摘されると、心当たりしかない。数秒の間を置いて、「うるせぇよ」と猿投山は吐き出した。そのボソリと呟いた一言に、文月は確信を深める。
「まぁ、私の後ろを取ろうとして、散々返り討ちに遭いましたもんね」
「るっせぇよ」
「それが、こういうことだったら背後が取れるという始末ですし」
「はぁ? 調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「だったら離れてくれます? 数十秒以内に反撃を加えますから」
 グッと握り拳を作り、文月がカウントを始める。声色と目の色が本気だ。(クソッ)覆水盆に返らず。猿投山は思い巡らせたあと、静かに謝った。
「すまん」
 苦々しく撤回した声に、スッと拳を下ろす。己のプライドよりも、現状を優先した。「別にいいのに」文月は拳との一戦になっても、構わなかったらしい。
「ちょうどいい手合わせになるかと」
「俺ぁ、今、こうしたい気分なんだよ」
「弱々しい」
「うっせぇ。黙ってろ」
 文月の苦言に顔を顰めて返す。しかしながら密着は止めない。「仕事の効率が落ちるんですが」鬱陶しさを伝える文月に「黙れ」と猿投山は返す。ギュッと腕に力を入れた。薄い板一枚を通して文月の背中に密着し、腰を浮かす。ベルトの鋭いトゲが当たらないようにとの配慮だ。自分の頭へ頬を乗せようとする動きを察して、本人がいう。
「今、仕事中なんですが?」
「別にいいだろ」
「良くない。全体の指揮に関わりますので」
「チッ! ケチ臭ぇなぁ。別にイチャついてるわけじゃねぇだろ? キスの一つや二つをしたわけでもあるまいし」
「それ、録音を取っていつかの先輩に聞かせてやりたいくらいですね。『キス』の一つすら満足うるせぇよ!赤面して言葉を突っつかせていた先輩に」
「うっ、うるせぇ!! 時と場合が違うんだよ! 時と場合がな!!」
「痩せ我慢とは、みっともない。おや、背伸びでしたか」
「あぁ? 犬牟田さんみてぇなこといってんじゃねぇぞ。あ? その口、塞いでやろうか」
「縫い付ける、だと針と糸ですもんね」
「おーおー、なら」
 ──針と糸ということなら、己の性器をぶち込んで、結合部から糸を垂らしてやろう──と、性的な文句を返そうとした矢先に黙る。口へ出るよりも先に頭がショートした。ボッと頭から湯気が出て、ダラダラと額から顎へ汗が滑り落ちる。顔は真っ赤だ。不審に思った文月が、変わらぬ調子で突っ込む。
「もしかして」
 ゴクッと猿投山は生唾を飲み込む。もしかしたら、美味しい誘いがあるかもしれない。そう一縷の望みに縋りかけた。
「エッチなこと、考えてませんでした?」
「ばっ!? ばっ、馬鹿野郎ッ!! んなわけねぇだろうが! 馬鹿か!?」
 淡々と冷静に返されて呆れた目でいわれれば、こう返さざるを得ない。自分だけが期待したという羞恥心から、猿投山は八つ当たりする。照れ隠しの暴言に、文月は心底迷惑そうな顔をした。それでも、密着を外すことはない。冷淡を伝えれば、猿投山の腕の力が増す。その反応を見ていた。
「はぁ、ならいいんですがね」
「あっ、当たり前だろうが。そんな、えっ、えっ、えろ、エロイことの一つや二つ、考えてなど、いっ、いねぇ、よ」
(ちゃんといえてませんよ)
 図星だなと思ってはいたが、まさかここまでとは。視線で指摘する文月に、猿投山は赤面したまま睨む。「なんだよ」視線に載せた意味ではなく、呆れ果てた物言いに噛み付いていた。「いえてませんよ」口でハッキリという。「誰がお前なんぞに」猿投山が喧嘩を売れば、売る途中で口をムニムニと動かせる。わかりやすい男だ。本心と異なることは、口が裂けてもいえないらしい。「んっ、その」「だなぁ」恐らく、本心と異なる買い言葉が口を縫い合わせる原因となっているか。冷静に眺めたあと、文月は猿投山の襟元を掴んだ。「うわっ、と!」コートの襟が首を後ろから押し、体勢を崩させる。それでも生徒会四天王運動部統括委員長の名が冠する通り、持ち前の運動神経で持ち直した。グッと足に力を入れて、文月に力がかからないようにする。抱き締める腕で気管が圧迫しないよう配慮した。そんな気を遣う猿投山を余所に、文月は縮んだ距離で仕掛ける。クッと首を伸ばして顎を反らし、猿投山に触れるだけのキスをした。ちゅっ、と可愛らしいリップ音は聞こえない。柔らかい唇と乾燥した唇が、掠れて触れただけである。
 その一瞬だけを以て猿投山に接近したあと、文月は襟元を離した。けれど、体勢を立て直そうとはしない。固まる猿投山を余所に、文月は机に向かい直した。
 中断した仕事に取り掛かる。
「満足したら離れてくださいね。邪魔ですから」
「おう。んな、邪険に扱わなくったって、いいだろ」
「邪魔ですから」
 一歩も引かない。キスをされて些か素直になった猿投山は、つれない文月の態度に泣きそうになった。心が折れかける。文月に用事のある一つ星や二つ星の生徒は、生徒会四天王運動部統括委員長の存在に恐れ戦いて入れなかった。しかも、自分たち下の者には絶対見せないようなやり取りも見てしまった。──少しでも動けば、あの両人から厳しく詰め寄られるであろう──それは、なんとしてでも避けたい。石のように固まる。猿投山は気にしなかったが、文月は気にした。


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