疲れて失言する猿投山とそれを聞いた四天王(在学中)

 生徒会四天王の月末は、なんやかんやで慌ただしい。AIで些か楽はしているものの、各部活の変動を表示するデータは手動で確認せねばならず、猿投山は溜め込んだ書類の山がある。蟇郡は風紀部としての仕事に追われ、全学年無星の振り落としとトラップ開発の計画書や次の風紀取り締まりの準備に追われたりと対応に追われる。蛇崩は、自分が統括する文化部のある部活がやらかした請求書の後始末に追われていた。文月といえば、この各方面の手伝いである。本来自分が取り行うべき仕事は他に任せ、生徒会四天王が対峙する仕事の修羅場を解決する補助へ回っていた。
 深夜二時、生徒会室で各々倒れる。否『倒れる』とは言い過ぎだろう。生徒会室にはバーカウンターなるものがあり、それぞれがそこに並んで突っ伏していた。唯一、文月と犬牟田だけが動く。文月はカウンターの中で軽く抓めるものを作り、犬牟田はデータと睨み合いを続ける。カチャカチャと食器の重なる音、カタカタと鬼のように高速でキーをタッチし続ける音が室内に響く。無論、いうまでもなく鬼龍院皐月は就寝中だ。もし鬼龍院皐月の手を借りることになどなれば、我らの鬼龍院皐月から預かった信頼が地に堕ちる。それに、鬼龍院皐月は腹心の部下の自由にやらせていた。よって、この案件に皐月の手が加わることはない。全て、各員の自己責任だ。
 ターンッ! と犬牟田が力強くキーを叩いた。右手を斜め前方へ上げたと同時に、左手でクイッと眼鏡のブリッジを上げる。
「ダメだ。九三四円ほど合わない」
「はぁ!? アンタのデータの方が可笑しいんじゃないの!?」
「馬鹿いわないでくれ。俺の計算式は完璧だ。不備があるとしたら、君たちの申請漏れじゃないのか?」
「ぐっ、ぐぬぬぬ!!」
「元々、毎週金曜日の支出報告もありますからね。その、そこからの洗い直しかぁ」
「あー」
「風紀部の出した支出報告はどうなっている。犬牟田」
「こっちは一円ほどの誤差だ。細かいねぇ」
「細かいのはアンタの方よ!!」
「数円の誤差が、後で大体額が大きい、ダメになりますからね。ペナルティでも与えます?」
「あー」
「一旦保留だ。下手に締め付けると余計にミスを引き起こす」
「なら、プレッシャーでもかけるか」
「いいわね。まっ、私の場合は既に説教をしたけど」
「いや、本当。勘弁してほしいですね。これだけの時間で、いったいいくつのことができたか。そもそも敵前調査」
「おーい、ダメだ。文月のヤツ、完全にイッちゃってるね」
「うむ。完全に独り言だな」
「まぁ、コイツも慌ただしかったからねぇ。なんかアンタらの尻拭いに追われてたらしーし」
「私がいなかったら、どのくらい掛かってたんでしょうね、これ」
「さぁ。恐らく一日二日は伸びてたと思うよ。勿論、俺たちの睡眠時間もね」
「削られていた、か」
「私も早く寝たいわぁ」
「遅れた分を取り戻したい」
「なんっつーか」
 疲れて脳が回らない猿投山が、人の言葉を喋り出す。今まで呻いた当人がポツリと話し出したことに、一同の視線が集中した。猿投山はカウンターに頭を突っ伏したまま、疲れた頭でいう。
「千芳吸いてぇ」
「はっ?」
「なにをいっている?」
「同姓同名?」
 犬牟田が聞き返し、蟇郡が耳を疑う。蛇崩がチラッと文月を見た。下の名前で呼ばれた本人は、ピクッと肩を跳ねさせただけだ。心当たりがあるのかないのか分からないが、他人事ではないらしい。文月以外にもいるということを忘れた猿投山は、ぼやき続ける。
「アイツの中、とろっとろで気持ちいいんだよなぁ」
「なにをいっている? その、とろとろで気持ちいいとは?」
「猿投山先輩に猟奇的な趣味があるなんて、思いもよりませんでした」
 咄嗟に文月が話をズラす。疲れてノイズの一切を無意識に遮断した猿投山は「はぁ!?」と憤って立ち上がった。反射的にである。バンッとカウンターのテーブルを叩き、中にいる文月に向かって指を差す。
「んなもんじゃねぇよ! もっ、あ」
 罵倒と反論をしようとした矢先に、他にも人がいることに気付く。蟇郡は首を傾げ続け、犬牟田と蛇崩は批難がましい目を向ける。それに猿投山が怖気づくと、両名は溜息を吐いた。顔を青褪める猿投山を観ず、いう。
「全く。そういうのは、人のいないところでやってほしいね」
「猿くん、サイテー」
「なっ!? 合意でしかやったことねぇよ!」
「サイテーッ!!」
 猿投山が叫ぶと同時に、蛇崩の言葉を借りて文月が叫ぶ。その一声と同時に、氷水が猿投山の頭部へ浴びせられた。その流れ弾を蟇郡が食らう。アイスペールの中身を猿投山へぶちまけた文月は、冷静を装っていった。
「と、全国の皆さんを代弁していいました」
「なんだよ、それ」
「ふぅん」
「ともかく、猿投山の発言は失言だったということか」
「つ、冷てぇんじゃねぇかッ!!」
「頭は覚めまして? 失言どころの話じゃないですよ。ったく」
「あぁ!?」
「あーあ、おバカなお猿さんに絡まれて可哀想」
「というか、理解できないね」
「あー、あー! これだから嫌だったんですよ!! これだから!」
「なにがだよ!?」
 猿投山は意味がわからず噛み付く。一方、文月は犬牟田と蛇崩から刺さる視線で居心地の悪さを感じた。猿投山の疲れた脳が零した本音で、仕事に支障が出る。まだ恥ずかしさの残る文月は、ギッと猿投山を睨んだ。それに猿投山は怖気づく。そう、なにより文月の怒りを買うことが怖かった。
「な、なんだよ。なにも、してねぇじゃねぇか」
「しましたッ! あー、もう」
「んだよ。いわねぇとわからねぇじゃねぇか。なぁ、おい」
「あーらら、尻に敷かれてらぁ」
「人のいないところでやってくれ。良い迷惑だ」
「むっ。なにもないなら、両者ともに折れればいいのではないのか?」
 要領を掴めない蟇郡だけが首を傾げる。瞬間、文月が鋭く蟇郡を睨んだ。ツカツカとカウンターから出て、憤る猿投山の腕を掴む。耳へ手を伸ばしたが届かず、結局二の腕を掴んだ。それでも、力は強い。「お、おい」「千芳、いや文月!!」「いったいどうしたっていうんだよ!?」猿投山の狼狽える声だけが、遠くに聞こえる。文月は猿投山を連れて、生徒会室を出て行ってしまった。
「なんだったんだ?」
「さぁ、二人でお楽しみをするんじゃなぁい?」
「やれやれ。軽食と飲み物は誰が作るっていうんだよ。はぁ」
 純情の疑問へ特に答えてやらず、蛇崩と犬牟田は嫌味を吐いた。カタカタとキーを叩く。部屋を出た両人は、それどころじゃなかった。


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