対向車線のまぼろし (tittle by天文学)(卒暁後)

 ポスンと先輩からヘルメットを渡される。「そういえば」雨は降らないだろうか。今日の天気予報は曇天のみで、降水量は確認していない。「本能字学園にいた頃は、ノーヘルでしたね」そう思い出話を零せば「あー」と先輩がぼやいた。ガリガリと頭を掻いている。
「あまり関係なかったからな。皐月様の鬼龍院財閥の力で揉み消せるし、事故っても極制服でどうにかなる」
 寧ろ、大破するのはバイクの方だぜ? と先輩が聞き返してくる。なるほど。
「先輩も、移動中に襲撃されることはあったと」
「あ? だったらお前もかよ」
「まぁ。といっても、今はないですけど」
「纏流子と皐月様のおかげで、世界が平和になったからなぁ」
(先輩たちも、少しあると思うけど)
 それをいったら、あの場にいた全員か。そう思いながらヘルメットを被る。先輩は既にバイクに跨っていた。両足でバイクのバランスを取りながら、ヘルメットを被る。私も先輩に倣って、後ろの方に乗った。シートに座る位置を調整しながら、先輩の腰を掴む。いや、バイクのパーツを掴むのも良いって聞いたような。探していると、グルッと先輩が身体ごと振り向いてくる。ヘルメットの都合もあるんだろう。バイザー越しに、先輩の横顔が見えた。
「ギュッとしないのか?」
 そうキョトンと聞かれたら、やらざるを得ない。(そう面と向かっていわれると、恥ずかしいというか)なんというか、などと思いながら抱き着く。お望み通り腰に両腕を回せば、先輩が正面を前に戻した。「よし」なんて、なに頷いているんだ。この人。そう思いながら、発進するバイクに揺られる。(世界の平和にも、先輩たちが少しは関わってますよ)といった方が、いいんだろうか? それでももう時間が過ぎた。二重の意味で。──今いうと、話を蒸し返すような感じになるし、ついでに私のことにも突っ込まれる──。「それをいったら、お前もだろ?」なんてさっきのように、キョトンとした顔で聞かれるのも目に見えている。『世界が平和』『今は襲撃されることもない』一元的な意味だけじゃない。チラッと対向車線の向こうにいる車を見る。通り過ぎる際に目を凝らしても、車内や窓から銃口が覗くことはない。ビルや屋上から狙撃されるような感覚もない。どんなに神経を張り巡らせても、だ。先輩が気付いたのか、釣られて周囲を窺うように動く。(しまった)心眼通を経た影響で変に思われてしまった。周囲を警戒して、なにもないことを見ると、運転に戻る。(なにもないのは、最初からだったのに)誰も狙撃で狙うことはないし、私たちを特別な一般人のように扱わない。ただ、その辺りにいるような一般人だ。
 曲がるカーブに合わせて、身体を動かす。といっても、先輩の動きと重心に合わせただけだ。カーブを曲がり終えると、クイッと重心が地面と垂直に戻る。国土交通法を守って、制限速度までスピードを出して、途中で休憩をする。休憩所にしたコンビニから、先輩が出てきた。
「ほらよ」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
 クイッと飲み物を渡され、受け取る。喉の渇きを潤していると、先輩がバイクに凭れかかる。とりあえず、飲み終えたら一旦トイレに行った方がいいかな。あとで高速に乗る予定だろうし。「あと十五分くらいで、高速に入るぜ」先輩が買ったものを飲みながらいう。
「なんというか」
 思ったことを伝える。
「正直、電車とか使った方が早くありません? 楽だし。それと、ダンデム禁止地区を避ける手間も省ける」
「ぐっ!」
「『着いたとしたら、そのあとをどうやって移動する!?』なんてツッコミは無しですからね? そのときは、タクシーを使いましょう。時間と労力の節約です」
「んなこと、いわれてもなぁ」
 少し苛立っている。それもそうか。出掛けた時点でこういわれれば、誰だって機嫌が悪くなる。「お前は」ボソッと先輩がいう。
「嫌なのかよ。その、俺とこうしているのが」
「往復と高速道路と走る時間を考えたら」
「こっちは毎回だ」
「その節はどうもありがとうございます。運転、疲れません?」
「お前に会えない方が、よっぽどだ」
 まさかそう返されるとは。そっちの方に驚いてしまう。「そんな、こんなところでいわれても」顔に集まる熱を下げたくて、もう一口飲む。「はぁ?」先輩が訳がわからない、といわんばかりに聞き返してくる。
「今じゃなくて、どこでいえと?」
「二人きりとか、良い雰囲気とか」
「はぁ?」
「だから『空気読めない』とかいわれるんですよ。貴方」
 そう返すと、先輩がボッと顔を赤らめる。どこに照れる要素があった、どこに。先輩がジトッと私を睨みながら、返す。「お前も、人のこといえねぇだろ」(どこがだ)照れる先輩に対し、そう感じた。


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