不動の睡眠(在学中)

 本能字学園生徒会四天王運動部統括委員長猿投山渦は、学園の地下を下りていた。人目に付くことを避けて暗躍することもある身、鬼龍院皐月や生徒会のように地表より遥かな高みに拠点を構えることを否としていた。「敵に見つからず且つ後ろから首を掻けることを考えたら、不意打ちのしやすい場所が一番ですね」と本能字学園生徒会会長兼本能字学園基い本能町の支配者たる鬼龍院皐月へ告げていたことは、記憶に新しい。生き埋めになる可能性も考慮して、設備の耐久性は上げたらしい。(かといって)日光がない分、全体が薄暗い。まるで『悪の秘密組織』だ。──さりとて、全国制覇を掲げて支配を行っている点を考えると、支配されている側はそう感じるだろう──。既に、無星や一つ星、二つ星からは畏れと敬意の目を向けられている。無星に至っては恐怖による服従だ。(まっ、皐月様がそのように方針をされたんだ。当然だろう)納得し、このエリアの支配者たる管理人の扉を開ける。本能字学園生徒会会長及び四天王を裏から支援する文月千芳だ。簡素な三人掛けのソファから頭が見えており、背凭れが入り口の方を向いている。家具や部屋の配置の一つを取っても、侵入した敵に応戦しやすいよう、考えられている。
 コツコツと靴底で床を鳴らし、自分の存在を主張しながら近付いた。以前、反撃を喰らったことは記憶に新しい。喉元に刃を突き付けてきた。これには理由があって、一重に猿投山が興味半分で敵意や殺意を出したからである。(つまり)文月は敵意や殺意に反応して目覚める。逆をいえば、それがなければ起きないということになる。
 ソファの背凭れから、身を乗り出した。(寝ている)微動だにしないが、目を閉じているところを見るに、起きてはいない。グルリとソファを周り、自分も横に座る。ドカッと腰を下ろしても文月は起きない。静かに目を閉じながら、息をし続けている。
(つまんねぇな)
 テーブルに置こうとした足を、下ろして足を組む。以前、テーブルに足を置いた際に銃口を向けられたことを思い出したのだ。ここは生徒会室と違い、文月のテリトリーだ。素直に従った方がいいだろう。マジマジと眠る文月の横顔を見る。まだ起きない。チラッとテーブルを見れば、整備をした途中だろう。分解した銃に食べかけの食事があった。各パーツに混入しないよう、配慮はされている。それを猿投山はヒョイッと拾い上げ、自分の手元に置き、一口千切った。
 チラッと文月を見る。まだ起きない。暇潰しに、一口に千切ったものを文月の口元へ寄せた。ツン、と一口で唇を突く。すると、文月が小さく口を開いた。
(おっ)
 開いた隙間に一口を入れると、文月はモグモグと食べる。(食うのか)そう思いつつ、猿投山はもう一口千切った。文月の口に運ぶ。また食べる。この繰り返しだ。やがて半分くらいになると、文月は変な顔をしながら寝ていた。パカッと口が開いている。猿投山が運んだ一口によって、変な場所に食べかすが付いていた。
(変な顔だな)
 涎、出ちまいそうだ、と思いながら文月の顔を触る。親指で食べかすを拭えば「んぅ」と文月が声を出す。それに猿投山の気分がムラッとした。片手で口を閉ざしてみようとするが、なにか違う。そういう気分ではない。そっと頬を手で包む。そうっと顔を近付けると、後ろの扉からノック音がした。来客だ。ビクッと千芳が起き上がる。
 身体を強張らせて目を開けたあと、ジトッと猿投山を見る。
「なんですか」
「い、いや。別に、なんでもねぇよ」
 名残り惜しいと思いながらも、手を離す。「はぁ」と文月は溜息を吐き、ソファから立った。音のした扉へ近付く。用心して扉を開け、来客に対応した。あの感じだと、部下だろう。ふぁと欠伸をし、猿投山は頭の後ろで手を組む。のびのびとソファで寛いでいると、あることに気付いた。
(ん?)
 先の文月の反応である。完全に夢の中であるのなら、あんな反応はしないはずだ。まず、文月が寝始めたときに猿投山はいない。起きたら突然、いないはずの人物が目の前にいたのだ。ならば目が覚めて横にいた人物に対して一言、「どうしてここにいるんですか?」となる。
(そうじゃねぇってことは、つまり)
 普段この手の空気を読めない猿投山の頭が、珍しく勘を働かせる。グルリと考えを一周させ、いつもの結論に行き着く。部下との話が終わったのだろう、文月がソファに戻ってきた。
 猿投山と反対を周り、先に自分が座ってた場所に身体を休める。しょぼしょぼと眠そうに目を閉じたり開けたりをしながら、分解したパーツの整備に戻った。
 ゴシゴシと、細長いブラシで銃筒の中に残った煤を取っている。
「なぁ」
 猿投山が話しかける。文月はなにも答えない。
「お前、さっきまで起きていただろ」
「黙ってもらいます?」
 話もしたくないらしい。なのに追い出さないとは、どういうことか。(そういうことなんだろ)勝手に納得し、ふぁと欠伸をした。
 文月の整備を、黙って眺める。時折眠気に負けながらも、頑張って起きようとした。「寝たらどうですか。ほら、目の前にベッドがあるでしょう」「うるせぇ」「あまり使ってないし」「それで俺が恋しくなって夜中に一人でするって?」なにも考えず思ったことをそのまま吐き出したら、文月から攻撃を加えられる。咄嗟に防いだものの、一撃が重い。「げっ!」竹刀に潜り込んだ銃弾を見て、猿投山は顔を歪める。これは新しい竹刀に替えなければならない。「マジかよ」頭を抱えることを余所に、文月は自分の作業に戻った。黙って整備を続ける。
「先輩のせいで、整備する銃が増えました」
「俺のせいかよ」
「そうです。一発無駄になっちゃった」
「おい」
 キレる猿投山を無視しつつ、文月は手を動かす。最早来た用事も忘れた。ふぁ、と大きく欠伸をする。文月の横で、猿投山はうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。「いてっ」大きく文月に激突するのは、また後のお話である。


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