抜け殻とさなげやま(卒暁直後)

 よくよく思えば、こうして気兼ねもせず出掛けること自体が奇跡である。(皐月様の悲願達成のため、この身を犠牲にすることも視野に入れてたからなぁ)結局纏流子の助けもあり、彼女へ協力することで羅暁は倒された。鬼龍院皐月の悲願も達成されたというわけである。そして全校生徒の卒業式及び羅暁からの卒暁式を経て、鬼龍院皐月も前を向くことができた。正に、あの頃では「夢見物語だ」とか「現実を見ろ」「空想上の例え話」だと一笑した現実になった。平和になった街の中を歩く。生命戦維の傀儡となった人の姿は、どこにもない。それを感慨深そうに見るのは、猿投山だけじゃなかった。千芳もである。ボーッと、歩道へ突き出す店の看板を見ている。
 なんとなく、猿投山は尋ねた。
「なんか、気になるもんとかあるのか?」
「えっ、別に。こうして歩くこと自体も珍しくて」
 そのせいでボーッとしていただけだ、と言い訳を話す。千芳も千芳で、鬼龍院皐月が悲願達成後新しく前を向いた結果、以前のような鋭さが抜けていった。棘が抜けた、とでもいおうか。たまに棘は出てくるが、どうも先は柔らかい。ゆるゆると指を突いてみるものだから、猿投山は握り締めてみた。その握られた手を、千芳は上げる。それに釣られて猿投山の肘も動いた。指を絡めたことにも、なにもいってこない。本能字学園にいた頃なら「なにやってるんですか」「頭沸いてるんですか」「脳味噌沸騰してます?」などと罵倒を吐いていた。それが今ではない。感慨深く、指を絡められた自分の手を見ている。
「なんか」
 千芳がポツリと呟く。
「今まで肩にあったものが、全部消えて。なにすればわかんない気持ち」
「無理もねぇよ。急にゼロの状態で放り出されたようなもんだからな」
 と同意を見せつつも、猿投山も絡めた手から目を離さない。指に力を入れ、絡めた根元を挟む。その強さも、どこか浮世離れしたように千芳は感じた。
「皐月様は、あれですぐ立ち直ったのに」
「皐月様は皐月様だろ。キッカケがなけりゃぁ、あの方もあそこまですぐに立派に立ち上がらなかった」
「キッカケ、確かにあれは、皐月様の迷いを晴らすキッカケにはなったけど」
「人間誰しも違いはある。皐月様も、これからは自分のことを考えろっていってただろ」
「いってたけど。流石に、そんな、突然には」
 拳が下がる。猿投山も黙って肘の力を抜いた。だらん、と繋いだ手が間で下がる。
「見つかりっこ、ない」
「それを今から探せばいいんだろ。ほら、大学に行くんだろ。その間に、探すのも有りじゃねぇか」
「モラトリアム期間かぁ」
「お前の場合は再出発だろ」
 言い直した猿投山に千芳はキョトンとする。少し前を歩いて、猿投山の顔を覗き込んだ。少しムッとしている。
「再出発ですか」
「そうだろ」
 珍しい発言に、千芳が驚く。意味を噛み締めるように聞き返す言葉に、猿投山は肯定を見せるしかなかった。今はそうでないと、偽りがないということが証明できない。下手に言葉を重ねても無駄に信頼が下がるからだ。
 グッと舌戦の引き出しを閉じる。千芳は未だに、平和になった世界へ現実味を持てないでいた。


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