文豪の失敗

 先輩の指が入ったり、触ったりして気持ちよかったところまでは覚えている。あと、その前後のことは、気持ちよすぎて忘れてしまったようだった。無意識に自分の唇を触る。散々触られたりキスされてたこともあって、大分熱い。熱いように、感じる。先輩の身体を押してみると、あっさりするほど倒れた。仰向けに寝て、起きる気配がない。それほど疲れたんだろう。(まぁ、早くに気絶したものだし)私の方が先に回復しても、無理はないか。長くなった髪を軽く手で整えて、辺りを見回す。
(なんか、明るい)
 灯りは付けていないし、薄暗い中でした覚えがある。チラッと扉の方を見る。開けっ放しだ。リビングの灯りが薄く差しているけど、これだけじゃなさそうだ。窓を見る。なんか、いつもより月が明るかった。
(なんだっけ)
 あぁいう、月が完全に満ちたときにいう名前があったような気がする。それが季節に因むものだから、なにであるかを思い出せない。ボーッと、輝く月を眺める。後ろで「んっ」と布が擦れる音が聞こえた。もぞもぞと動いて、背後で起き上がる気配を感じる。私の背中を少し見ると、距離をゆっくりと詰めてきた。先輩の手が脇の下を通る。それをそのままにしたら、先輩が少し引き寄せてきた。ゆるゆるとお腹の上で腕を交差させて、背中にピトッとくっつくと、顎を乗せてくる。後ろから甘えてきた。
「なに?」
 なにもいってこないから、こっちからいうしかない。この質問に、先輩が答えない。目をしばしばとさせて、欠伸を大きくしていた。また目をしばしばさせる。寝起きなのか? 完全に乾燥した目に困る瞬きの動きだった。
「んっ」
 と小さく声を漏らしてから、大きく欠伸をする。
「うんにゃ、なんでもねぇ」
 ちゃんと答えた。けど全体的に眠そうである。(本当になにも考えてないんだな)と先輩の顔を見ながら思った。そう眠そうに舟を漕がれると、こっちまで眠くなってしまう。貰い欠伸をする。先輩が肩の上で寄り掛かりながら寝始めたので、指で遊んだ。先輩の髪を絡めてみて、外すついでに頬を撫でる。重く、先輩の片目が開いた。目脂があったら、ベトッと睫毛と睫毛がくっ付く距離だ。視界が開けた方の目で私を見たあと、むにむにと口を動かした。
「するか?」
「しばらくしてからで」
 お願いします、といいそうになった。そこまでいったら、キスになりそう。
 途中で止まったからか、先輩が耳に口を近付けてくる。やめろ、やめろ。突き放そうとしたけど、今はそういう気分じゃない。耳の穴へ唇を近付けてみただけで、肩に顎を戻す。
「耳じゃなくて、口にしてぇ」
「耳もやめてほしいんですがね」
「すげぇ気持ち良くなってたじゃねぇか」
「あのときは、あのときです」
「今は?」
 ぐっ。その聞き方は、反則じゃないか。
「その、続きをやると。また延長になりそうなので、やだ」
「自分ン家でも?」
「自分の家でも、です」
 ここまで言い切れば大丈夫だろう。ふーん、といいたげな先輩の目が刺さる。顔を見れない。
「その、月が綺麗ですよ。フルムーンですって」
「俺はやりてぇ」
「猿」
「人類全員猿から進化しただろ。おっと、生命戦維により進化を促されたっつーツッコミは無しだぜ」
「馬鹿なの?」
「どうしてそうなるんだよ。え?」
「はーっ、相変わらずの空気の読めなさ」
「はぁ!?」
 雰囲気ぶち壊しだよ、という前に先輩がキレる。そういう沸点の低さが、お山のお猿さんといわれてる由縁なんだけど、気付いてるのか? カッと目尻を吊り上げて赤くなった先輩の顔を眺める。
「教養と文化への造詣、少しは深めてほしいかも」
「男子三日も会わざるは刮目して見よ、辺りは知ってるぜ?」
「そうじゃなくて。はぁ、豆腐の角に当たっても直らなさそう」
「おい! いっておくが、こんにゃくと豆腐を比べるんじゃねぇぞ!? こんにゃくは、豆腐より丈夫だ!!」
「はいはい」
「豆腐とこんにゃくとじゃぁ、調理や料理のレパトリーも違う。あと入れる順番もな!! おでんを作るときにゃぁ、気を付けないと危ないぜ」
「あー、はい。うん」
 風情もなにも、あったものじゃない。──だから見た目より、血流の循環がサラサラで良くなるから、見た目より大きくなるんですね──なんて、下ネタに触れることはいわないでおいた。
「服、せめて下だけは履きません?」
「はっ? やらねぇのか?」
「少なくとも今は」
 目の前でプラプラされては、とても起きない。こんにゃくの話で立ち上がった先輩が「そうかよ」と拗ねる。膝で立ってるとはいえ、どうしても、うん。腰を下ろして、布団の上にある下着を探す。ないのか、布団から出た。
「しばらくパンイチでいるから、やりたくなったらいえよ?」
「うん。それより、シャワー入りませんか」
 私は寝てるから。そう簡単に伝える。すると、先輩の眉が下がった。とても残念そうな顔である。くしゃっと泣きそうな顔にもなっていた。
「一緒に入らねぇのか?」
「誰かさんのおかげで、まだ動けない状態なんです」
 起き上がるだけで精一杯だ。まだ先輩は引かない。
「なら、やっぱもう一回」
「シャワー浴びてからで、いいです?」
 そこまでいうと、先輩は渋々引き下がった。「くそぉ」といいたげな顔である。しかし、本当に。今度こそ文字通り腰が砕けることになる。先輩の布団に潜り直して、二度寝に入った。


<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -