夕食のあと(卒暁後)

 最近、冷凍餃子の美味しさを知った。水も要らないし、油も要らない。なにより具材を作ったり皮を包む必要がない! この辺の手間賃を考えたら、安い方だ。「でも、こんにゃくが」「ねぇと」「なんか、足りねぇだろ? なぁ」と途切れ途切れに尋ねる先輩の意見は、無視する。「そんなに食べたいなら、ご自分で作っては?」「一緒に作るのがいいんだろ?」「では、私は食べる役をご希望で」「クソッ! いいんだな!? 肉じゃなくてこんにゃくを詰め込んだヤツでもいいんだな!?」「今は試食の気分じゃないので、ちょっと」「おい」仕舞いには自分で愛するこんにゃくまで出して脅してきた。『私とこんにゃく、どっちが好きなの?』なんていう、ベタな質問をした方がよかったのだろうか? 今となってはわからない。
 じゅうじゅうと焼く。今日は餃子と、先輩の作ったこんにゃくの和え物。それと味噌汁だ。追加で日本人の故郷である米。米と餃子の組み合わせが堪らない。ポンッとフライパンを裏返してお皿に移すと、先輩が餃子の乗ったお皿を持っていった。ありがとう、と渡す際に伝えた。あとは使ったのを水に浸けて、食べ終えたあとに洗おう。忘れないようにしないと。テーブルに座って、黙々と食事をした。
(そういえば)
 なんか、黙ってるのも久しぶりかも。いつもだと、って、本能字学園にいた頃の記憶が強い。なんか、最近だと口を開けば自然と舌戦になっていたような気がするし。(こうして静かに過ごすのも、久々だな)ボーッと考えながら箸を動かしてたら、食べ終えていた。多分、三十回は噛んだと思う。
「あっ。洗っとくか?」
「うん、ありがとう」
 しかも優しい。食器を重ねて、持って行く。思えば、先輩の方が食べた餃子の数が多かったかもしれない。私は三、四切ほどで。あとは全部先輩が食べた。(まぁ、余っても冷蔵で明日に回してたし)出来立てを食べる分なら、ちょうどいいかもしれない。布巾だけを取りに行って、先輩の横をお邪魔する。「おっと」と先輩が小さく身体を狭める。「ちょっとごめん」とだけ伝えて、布巾を洗って絞った。テーブルに戻って、使った全体を拭く。隅々まで拭き終わったら、台所へ戻した。
「洗わねぇのか?」
「あとで」
 そもそも、先輩が使ってるから洗えない。ベッドに戻り、読み止しの本を読む。書いてある内容を噛み砕いて、知識を頭に入れる。難読な内容だから、一ページを進めるだけで時間がかかる。だからなのか、数ページ読み進めただけで、先輩が戻ってきた。「ふーっ」と息を吐いて、床に座り込む。私の部屋はワンルール、人間が一人で住むだけなら充分だ。私になにもしてこない。見える先輩の旋毛を眺める。
「ありがとう」
「どーいたしまして。で、毎回食った後はこうなのか?」
「まぁ。あとはネットを観たり、動画を観たりするだけかなぁ」
「ふぅん」
 ベッドに頭を預けてくる。「犬牟田さんみてぇ」と呟いてきた。感想である。
「会いたい?」
「なぁんで、そんな話になるんだよ」
「いや、犬牟田先輩の名前が出てきたものだから」
「ネットとか動画、配信してるヤツを観たりするんだろ? それが犬牟田さんみてぇだな、と」
 思っただけだよ、とぶっきらぼうに返してくる。ネットサーフィンときて犬牟田さんと思い出すとは。なんたる代名詞。なんて思いながら本を閉じた。「読まねぇのかよ」「気が散る」簡単に返すと、先輩がムッとする。代わりに退けたノートパソコンを開いて、配信サイトに繋いだ。
「なにか見るのか?」
「特になにも。先輩は、なにか見たいものがあって?」
「別に、特別いってねぇな。お前は?」
 のそっと上に乗ってきて、頬を重ねてくる。肘で力を分散している分、それほど重みは感じない。インターネットを開いて、検索窓に配信サイトの名前を半角英数字で入力する。
「べつに、これといってなにも。ようつべでも見ようかな、と」
「『ようつべ』? あぁ、あれね」
「最近、学者の視点で語られるゲーム実況とかあるし。面白いよ?」
「ふぅん」
「興味ない?」
「千芳が見るってぇなら、見るぜ」
 ドキッと胸が驚く。いきなり名前で呼ばれると、心臓に悪い。思わずムスッとしてしまう。「そう」とだけしか出てこない。画面に顔を戻して、エンターキーを押す。動画の配信サイトに飛んで、おすすめの一覧を眺める。先輩の指が、右上のアイコンに伸びた。
「これ、お前のか?」
「ノーコメント」
「んだよ、それ」
「恋人であっても伝えたくないことはあるの」
 そう返したら、今度は黙った。先輩を少し見る。顔を真っ赤にして、ギュッと口を閉じてジト目になっていた。
「そーかよ」
 肯定である。照れてるところを見られたくなくて、画面に顔を戻した。


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