晩酌(卒暁後)

 買ったお酒を飲む。日本酒だから、意外と度数が高い。数字以上の度合いを感じる。喉の奥が、カッと熱くなる。喉を通ったあとに感じるのは、確かな味わい。スッキリとした後味だ。もう一口を飲む。隣でビールを飲んでいた渦が、こっちをチラッと見た。
「美味いのか?」
「美味しいですね。酒の肴に魚、というのも頷ける」
「おっさん臭ぇチョイス」
「別に、今食べたいわけじゃないから。どちらかといえば、チーズかデザートの気分」
「デザート、ねぇ」
「和食の、料亭とかに出てくるシャーベット。あれが一番似合う」
「っつても、ここは俺ん家だがね」
「私の家ともいう」
 ただでさえ、同棲しているという身だ。玄関の表札も、ちゃんと二人分の苗字が書いてある。どちらかといえば、美味しそうにビールを飲む方が信じられない。
「ドイツの方が美味しいのに。本場」
「飲んだことあるのかよ」
「ない。そもそも、ビールのためだけに行くのも、なんだかなぁ」
「最初の喉越しが最高だぜ? 缶ビールが特に」
「その苦味が、苦手なんだよなぁ。飲む方がわからない」
「はぁ? 揚げ物が最高に合うだろうが。ビール」
「こんにゃくは?」
「こんにゃくには、うん。千芳の飲む日本酒が似合うな。うむ」
 酔ってるな。この人。口も軽いし笑うし、顔に赤みも差している。まさか、ビール如きで酔うとは。この苦味で? やっぱり、ちょっと信じられない。
「国内よりも、国外の方が良いと聞くんだけどなぁ」
「はぁ? 飲んだことあるのかよ」
「ちょっとだけ。やっぱり苦くて、飲めなかったけど」
「んじゃ、ビールが合わねぇってだけじゃねぇのか? 舌によ」
 それが一番強い。ただでさえ、苦味は苦手な部類なので、それで苦手意識も持つのだろう。もう一口、お猪口からお酒を飲む。日本酒は、ビールみたいにガバガバと飲むものじゃない。一口ずつ、ゆっくりと味わいながら飲むのが一番だ。
 口直しに、キュウリを食べる。
「ビール苦手なら、できねぇなぁ」
「流石に、口の中にまで残ってるわけじゃないから」
「なら、いっちょ試してみるか?」
「やめてよね。今、キュウリを食べてるので忙しいから」
「ちぇっ」
「ポン酢と鰹節が効いて、美味しいね。これ」
 流石和風。和食のおつまみなだけある。当然のように賽の目で切ったこんにゃくもあるけど、それはご愛敬というヤツだ。箸で四角いキュウリを一個挟んで、口に運ぶ。シャキシャキとした食感を味わう。うん、ポン酢の酸味が効いてて美味い。ボケっとした渦が、多分いった意味を解読したんだろう。見る見るうちに笑顔になって「おう!」と力強く頷いた。
「っつか、作ったのお前だろ」
「こんやくを入れたのは、渦でしょ」
「おう。そうだっ、は? 婚約?」
「えっ、こんやく」
「おい、待て、俺ぁ、勝手に入れた覚えはねぇぞ?」
「えっ、こんやく」
「は?」
「こんやく」
 何度も箸でこんにゃくを指す。すると、焦燥した渦が一気に疲れた顔をした。「そういうことかよ」と片手で頭を支えている。どうしたんだろう。もしかして、今喋れてなかったとか? 呂律も、酔うとぎこちなくなるという。それになったのだろうか? 今。渦の様子を見る。耳まで真っ赤だ。「はーっ」と深く息を吐いてるのも聞こえる。
「ビックリさせやがって」
「どめん」
「いーよ。こっちが早とちりしただけだしな」
「怒った?」
「怒ってねぇよ」
「怒った?」
「どうして腹にパンチ入れてんだ。おい」
 渦に止められた。距離の詰め方が甘かったのらしい。渦の肩に触って、利き手で小さくパンチを入れる。腹パンだ。すぐに利き手の手首を掴まれてしまった。
「怒った?」
「理由によっちゃぁ、キレる」
「わがままめ」
「どっちがだ」
「ただ、構ってほしかっただけ」
 そう伝えると、今度は黙った。巷で有名だと思われるのを、ただ真似しても無駄らしい。黙る渦の膝に座る。胡坐を掻いているものだから、座りやすい。腕を伸ばして、テーブルに置いたお猪口を引き寄せた。ついでに日本酒の瓶も。もう一口飲んで、お猪口を空にしてみる。まだ底に充分残っていた。喉の奥が熱い。
「構ってほしいってんならよ」
 耳元がこしょばい。頬に頬をスリスリとされた。男の人だからか、肌の弾力に少し不安が残る質感だった。ジョリジョリする。ヒゲ、剃ってるんだろうか? 剃ったあとの感触にも似てる。
「どういう感じにだ? 抱けるぜ?」
「肌のケア、お肌のお手入れもするといいよ。あれ、ユニセックスだから。男女共有で使えるよ」
「はぁ? そうじゃなくてよぉ。あっ。ヒゲ剃った痕が気になるのか?」
「ちゃんと肌ケア、しよう?」
「ちゃんとクリームも使っているぜ? あの、ジェルだ」
「いつも顔に塗る? 朝」
「おう。だから、なんつーか、なんでだろうなぁ」
 困った顔をしている。もしかしたら、違うのかもしれない。そこまで気を遣っているということだろうし、多分。渦の顔を、髪と一緒に触る。指先で質感を確かめていると、肌に感じたのと同じジョリジョリがした。
「多分、髪かも。肌、ジョリジョリじゃないから」
「ほう、よかったぜ」
「『ほう』?」
「するときにジョリジョリだと、気になるだろ?」
 うーん、それはどうだろうか。特に気にならないというより、状況に依る。両手で顔を包まれる。向きを固定されたものだから、多分そういうものがくるのかな? 目を瞑ったら、違う感触がきた。ムニムニと、頬を優しく揉まれる。鼻の下や唇も触られた。
「なんか、違くね? こっちの方が馴染みがあるぜ」
「肌ケアしたから」
 唇をムニムニと親指で押される。「ふーん」と渦が生返事して「大変だな」と返してくる。男の人でも、肌ケアする人もいるけどね。
「渦もした方がいいよ、肌ケア」
「そういうもんかね。親父も兄貴も、聞いたことねぇけど」
「ツルツルの方が、嬉しい。摩擦で肌も痛むことないし」
 と返したら、渦が黙った。口を真一文字に引き締めて、ジト目。熟慮といいたげな顔である。ついでに顔も赤い。視線を外さないでおく。ジッと見つめること、数秒。渦が口を開いた。
「考えておくぜ」
「だと嬉しいな」
 そう返したら、渦が唇を触ってきた。


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