たまには甘えたい(卒暁後)

 とても寒い。けど、温かい中で食べるアイスは最高だ。炬燵に足を突っ込み、もう一口食べる。指先は冷たいけれど、爪先の方は温かい。ジンワリと熱気が足を包んだ。最後に縁についたアイスをスプーンで掬う。後はもう、溶けた残骸だけだ。(流石に、飲むのはちょっと)そもそも、飲めるほどの量も残っていない。物足りなさを紛らわすために、スプーンを咥える。(これはもう、買いに行った方が早いかな)さりとて、外に出たくはない。炬燵の中からも、決して出たくもない。寝返りを打つ分だと、布団の方が遥かに良いのだけれど。炬燵で寝ると、身体が凝る。
 スプーンの顔を、舌に吸わせながら遊ぶ。外に出るか、出ざるかどちらを選ぶか。そう考えてると、スッとスプーンを引っ張られる。スプーンの柄から、スッと。口の中が空になる。引き抜いた本人を見ると、汗だくだった。呆れた顔をしている。
「呑気なものだぜ」
「終わったの?」
「おう。おかげで汗だくだ」
 フーッといいながら、額を拭った。きっと雪の影響もあるんだろう。いつもより額が濡れていた。疲労の度合いと汗の量が、釣りあっていない。
 抜かれたスプーンが、私の口に戻る。スプーンの腹が私の唇を触った。操っている本人はいうまでもなく、屈んでいる張本人である。渦はなんてこともなさそうな顔をしている。
「なに」
「いや、よ」
 質問に対して、ちょっと言い淀んでいる。先にシャワーを浴びたいのかな。別に、それでも構わないけど。でも、ちょっとこの理由が気になる。スプーンが離れた。
「すっげぇ濃いヤツが欲しいんじゃないのか、って思ってよ。まっ、先に風呂入るわ」
「そう」
(えっ。いや、待って)
 反応が一秒遅れた。厳密にいうと、数コンマ程度かもしれない。渦がスプーンをキッチンのシンクに持って行く。食器を持って行かれても、ゴミが残っている。しかも生ごみとして捨てる必要があるもの。結局、炬燵から出ないといけない。のろのろと足を炬燵から出す。寒い。ドテラを掻き寄せて、寒波を防いだ。キッチンに入る。渦はまだいる。コップで水道水を一気飲みしているようだった。
 三角コーナーにゴミを入れる。暖房の効きが悪いのか、ここまで温まっていない。いそいそと上着を脱ぐ渦の脇に、手を突っ込む。
「うおっ!?」
「はー、温かい」
「お前なぁ、急に手を入れるんじゃねぇよ。ビックリしただろ」
「温かい。人間ホッカイロだね」
「そこまで体温高い気は、しねぇけど」
「動いたあとだからだよ」
 それでも温かいものは温かい。もう少し暖を取りたくて、渦の背中にピトッと頬をくっ付ける。やっぱり温かい。汗でびっしょり湿ってるけど、気にしない振りをした。(汗で奪われるのかな。やっぱり)それで体温を上げている、ということになるんだろうか? 無意識的に、そういうことをするという。渦の背中がもぞもぞと、居心地悪そうに動いた。
「なんか、入ったあとでしてくれねぇか?」
「えー」
「そっちの方が嬉しいっつーか、なんつーか」
 ボリボリと頭を掻き始めた。多分、困っているんだろう。(迷惑だったかな)ギュッと渦の腰を抱き締める。
「充電」
「汗臭いぜ? 風呂に入らせてくれよ」
「やだ。もう少し」
「冷たくなっちまうぞ」
(どういうことだろう)
 ペタッと渦の背中から顔を離すと、ひんやりと冷たくなる。こういうことか。気化熱みたいなもので、濡れた頬から外と内の熱が奪われていった。渦から離れる。
「寒いよ」
「入る前に温めりゃ、いけるだろ。風呂、張るか?」
「先に温めた方がいいと思う」
 浴槽を掃除するにしても、浴室が温かくなければ辛いだろう。背を向けると「そうだな」と渦から返事がきた。そのままシンクから離れて、多分自室だろう。着替えを取りに行ったに違いない。
 エアコンのリモコンを触る。内部クリーンのボタンを押して、中の埃とかを取ってみる。機械任せだけど、下手に分解するよりはマシだろうと思いたい。炬燵に潜り込む。ブルッと全身が震えた。
「寒い」
「今日は鍋にしようぜ。こんにゃく鍋」
(またかぁ)
 出汁は最高なんだけどな。別にこんにゃくを食べたい気分でもないし。そうだ、柚子を入れてみようかな。あったらいいんだけど。炬燵の中で寝転がって、布団を肩までかける。「あとで充電しような」と渦が囁きかけた。思わず聞き返す。
「どういうこと?」
「好きに取りゃいいぜ」
「ムッ」
 この生意気め。なんだか余裕たっぷりに感じた。頬に空気を溜めて、唇を尖らせる。すると渦が笑って、頬を雑に触ってきた。プッ、と逃げ遅れた空気が口から出てしまう。
「また後でな」
 余裕たっぷりに笑ってるのも、なんか癪だなぁ。ガシガシと頭を撫でてくる。それ、絶対恋人にするようなものじゃない。雑に撫でてから、渦はシャワーを浴びに向かった。
 また一人の時間を過ごす。(渦が出てくるまで時間あるし、どうしようかな)二人で過ごす分の準備をしても、問題はないのかもしれない。とりあえず、手近にあるクッションを引き寄せておいた。胸に抱き寄せる。それで満足してしまって、少し寝てしまった。炬燵が温かい。
「おい、千芳。おーい」
 ブンブンと、頭の上で手を振っている感じがする。「寝てるのかよ」と拗ねた声も聞こえた。「起きてるよ」とだけ寝ながら返す。すると、渦がムッとした。
「寝てんじゃねぇか」
 それに、とりあえず「起きてるよ」とだけもう一度返しておいた。寝返りを打つ。渦が私の脇に手を入れてきた。
「こんなところで寝ちまうと、風邪引くぜ?」
「うー、ギュッとして」
「へいへい」
(あら意外)
 意外と、あっけなく要求が通った。渦が甘えるのを許諾して、ギュッと抱き締めてくる。それに息苦しさを覚えながら、同じような力で抱き返してみた。渦の気管支を圧迫してみる。思ったより効果はない。
「寝首を掻くつもりか?」
「そうじゃない」
 気管支を圧迫されてる感じを、同じように感じてほしいだけなのに。背中の服を握り締めてみる。指先でカリカリと掻いてみたら「可愛い奴め」と渦が囁いた。なにそれ。ちょっと文句が出ながらも、渦に甘えた。


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