着る毛布

 とても寒い。渦を見ると、着る毛布を着ている。とても温かそうだ。いったい、いつの間に。よく見ると、犬牟田先輩がオススメしてきたヤツと似ている。「これで毛布を重ねる手間も、なくなるというわけさ」と熱弁していた。寝袋愛用者の一押しだから、性能に嘘はないだろう。それを信じて渦が、買ったというわけだ。
「千芳、これ温かいぜ」
 ニコニコして、オススメしてくる。笑顔も相まって、こっちまで温かくなってくる。惚気でいってるわけじゃない。「そうだね」と本心が漏れないよう返す。「だろ?」と渦が嬉しそうに返した。それから手を擦り合わせて「はー、あったけぇ」と呟く。寒さが俺を強くする、なんて言葉。いったいどこへ消えたんだろう。首元に急所がある。そこに手を突っ込んだ。
「つめたっ!? お前なぁ、入れるなら先にいえよ。ほら、温かいだろ?」
 逆に首と肩に挟まれてしまった。良い笑顔で首を傾げているなぁ。どこまで温かいのか知りたくて、ジッパーを下げる。「お、おい」と渦が戸惑っている。首がとても熱い。肩が離れて、指や手の甲が寒くなる。
「そ、そういうのはよ。も、もう少し、むっ、向こうでやらねぇか」
 しどろもどろに提案をしてくる。意外と、下にちゃんと着ていた。アンダーウェア、温かい素材である。ベロアとかそういうのじゃなくて、吸水性がちゃんとあるものだ。触ってみると、熱い。発熱から保温性を維持している。水分で熱が逃げることはない。そして勘違いしたのか、渦が脱ぎ始めた。スッと両目を閉じている。腹を決めたような顔だ。顔も真っ赤。ジッパーを一番下まで下ろし、肩から脱ぎ始める。実際の股下と、差がすごくある。渦の股下から毛布の素材が長く見えた。そこで止まるから、手伝う。袖を脱がそうとすると、渦が手を伸ばした。脱がしやすい。スルリと手首から抜けて、足元に落ちる。ちょっと肩を押して、そこから退かした。一歩二歩、渦が下がって立ち止まる。まだ目を瞑っている。『据え膳食わぬは男の恥』って言葉、今の渦にピッタリだ。これを無視して、渦の着ていたものを着る。
(うわっ、温かい)
 ブカブカだけど、隙間から風が入ることもない。噂以上の保温機能だ。ぬくぬくしていると「おい」と声がかかる。渦だ。埋めた毛布から顔を上げると、怒った顔がいた。羞恥心で真っ赤である。眉も吊り上げて、口もへの字になっている。眉間に皺も寄っていた。
「なにやってんだ」
 わかりやすい表情である。「ごめん」と返してから伝える。
「ちょっと、温かさを体感してみたくて」
「は、あ!? なら脱がす必要もねぇだろ!! さ、触りゃぁ済むだろ」
(触っただけでは、わからなかったからなんだけど)
 そう伝えた方がいいけど、伝わらないこともある。空気を読めないところもあるし、なんだかなぁ。もふもふの袖で顔を隠す。温かい。フードを目深に被れば、渦の匂いがさらに強まった。なんか恥ずかしくなってきた。
「うっ、渦の」
 あっ、声も震えてきた。
「たっ、いおんとか匂いとか。感じられるから、いいかなって」
「なっ」
 ここまで伝えたら、渦が絶句した。あー、恥ずかしい。やっぱり、伝えるべきじゃなかったのかも。声が萎んでしまって、顔が熱くなる。まるで、頭からマグマに突っ込んだみたいだ。視界から渦を遮ったまま、次の言葉を待つ。どう出るかがわからない限り、下手に動けない。
 無言が続く。
 長い沈黙のあと「そ」と掠れた声が、渦から聞こえた。
「そう、か」
 と、ぶっきらぼう。ぶっきらぼうすぎる。チラッと様子を見ると、渦は腰に手を当てていた。(なにそれ)そっぽ向いてるし、ちょっと格好付けてない? 私と違って、眉もピクピク動かしている。切羽詰まっているようだし、ちょっと怖い。もう一回、布団の中に隠れる。なにも話してこない。もう少し目深に被ろうとしたら、ガッシリと両手を掴まれた。また、なにもいってこない。同じ沈黙のあと、渦が口を開いた、ような気がした。
「とりあえず」
 渦の声だ。心臓がバクバクいってうるさい。
「返せ」
 最もな一言である。「あー、うん」とだけ出た。当然の要求に従い、ジッパーを下げる。脱ごうとしたら、渦が掴み直してきた。
「やっぱ待て」
 今度は慌てている。顔は真っ赤なままだけど、困惑した様子も出てた。返して、ほしかったんじゃないんだろうか? 口から出てしまう。
「返して、ほしかったんじゃ?」
「いや、その、なんっつーか」
 あー、と呻いて渦が手を放す。左手が解放されない。渦は自分の左手で、自分の口を覆っていた。
「ベッドに、行かねぇか?」
 その提案に、腹にパンチを入れようかと迷った。


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