七夕オプティカル(在学中)

「今日、七夕らしいな」
 ふと、先輩がそんなことを口にする。それで合点がいった。目の前のモニターは、今も挑戦者たちの悪戦苦闘する様子を映し出している。
「あぁ、だからそんなことに因んだことを」
「おう。因みに、コイツら全員風紀に反した連中じゃないからな」
「やっぱり。っていうか、なんで?」
 私だって、伊達じゃない。四天王と同じくらい、生徒の見分け方に注意を払っている。デバイスを取り出し、風紀部のデータにアクセスする。違反者のリストを確認して。ついでに風紀部に属する一ツ星生徒のリストも確認して。やっぱり、ごちゃ混ぜになっている。
「無星一ツ星対抗リレー?」
「んな仲良しこよしに手を繋いで、ゴールするとでも思ってんのか?」
「いや、全然。ただ、パワーバランスが違うな、と思って」
「だろうな」
「でも、食いつきは無星の方が凄いし。身体能力でいえば一ツ星の方が、遥かに勝ってる」
「だろうなぁ。なんだって、無星はゴキブリ並の生命力をしてるからな」
 ふあーあと大きく欠伸をする。飽きたのか。ジロリと睨んだら、先輩が気付く。
「んだよ」
「いや、それにしても違反者でしょ? 基本は。なのに風紀に違反しない一ツ星がいるのは、どういうことかと」
「あー、蟇郡がでけぇ釣り餌垂らしてただろ? アレだよ、あれ」
 指でくいくいと示すが、わからない。人差し指を立てて上空を回しても、先輩の考えてることがわからない。漫画じゃないんだから、吹き出しを示されても困る。「はぁ」と答えたら、ムッと先輩が眉を顰めた。眉を吊り上げても。
「わからないものは、わからないですし」
「ハーッ。見てわかんないのかねぇ? 先にいった、一着に着いたもんに与える褒美ってヤツだよ」
「えっ、あれって本当にやるんですか? 言葉だけで裏切るのではなく?」
「手前ぇな。あの堅物の口から出たんだぜ? 少しは叶えるに決まってるじゃねぇか」
「少しは、ねぇ」
「おう」
 あ、なんでだ。なんで今、少し間を置いてから答えたんだろう? よく見たら、頬が少し赤くなってるし。風邪でも引いたんだろうか?
(けど、風邪になるような気候や体調管理をしてないし)
 雨も降ってない。降ったとしても、巨大な笹が屋根代わりになる。後ろを見る。相変わらず、大樹みたいに巨大な笹が鎮座して、天まで高くそびえ立っていた。全然ロマンチックじゃない。
「これ、大きな豆の木ですかね。『ジャックと豆の木』」
「あぁん?」
「ジャックが豆を植えて、水をやったら巨大になって。それで登ったら雲の上にいる家に着いて」
「あー」
「そこの巨人と巨人の家で一悶着起きたあと、お宝を持って逃げ帰ったって話です」
「読んだことあるぜ。ぼんやりとしか覚えてねぇけどな」
「そうですか。なんか、それもありそうだな、と」
「あー、あるかもしれねぇな。ただで転びそうもねぇし。っつか、一着なんざ出ねぇようにしたんだぜ? 最終手段として、あるかもしれねぇな」
「そうですか」
「なんだって、今回は俺も協力したからな」
「へぇ」
 風紀部委員長のトラップに、運動部統括委員長が協力をしたとは。いったい、なにを企んでいるのやら。よく見れば、運動部の各部活に所属する一ツ星もいる。(無差別格闘じゃん)しかも、文化部のも紛れ込んでいる。あ、吹奏楽部だけは一ツ星も紛れ込んでいない。そこのところだけは、なんかよかった。
「どうして、他の部活の一ツ星もいるんですかねぇ」
「さぁな。大方、一緒に過ごしてぇヤツもいるんじゃねぇの?」
「へぇ」
 なんだっけな、釣り餌の名前。忘れた。「まぁ、結局はアレだからな」と呟く先輩の『アレ』に、今度は心当たりがあった。──全生徒の能力の向上及び強化──これである。他参加しなかった生徒については、別途対応があるんだろう。あ、モニターの中で脱落者が大量に出た。
「頑張りますねぇ」
「ふぁーあ。どーせ、全員脱落するだろうけどな」
「それにしても。ただ『一緒に過ごしたい』というだけでしょう? なのに、退学と同程度まで頑張るなんて」
 不思議、と口にしたら先輩が黙った。というか、反応を見せない。情報戦略部に転送されるデータと以前のデータとの比較作業をする。その間に、チラリと先輩の方を見た。下唇を突き出している。曲げた膝に肘をついて、手に顎を乗せた状態で固まっていた。あっ。よく見たら、さっきより顔が赤くなってるし。なにがあったんだ、いったい。
(やっぱり、全体的な平均には劣るけど、同程度の能力を発揮してる)
 そう分析して、モニターに顔を戻す。
「あっ」
「あ?」
「あれ」
 乃音先輩の、ファンクラブに属する男子生徒だ。そこまでいうと、先輩がキョトンとした顔になった。
「はっ? 当たり前だろ。『好きなヤツと今日一日過ごせる権利』が一着にはあるんだぜ? そりゃ、参戦するだろうよ」
「あっ、しかも最近追っかけてる人もいる」
「あん? 蛇崩のか? ハッ、アイツも大変なもんだなぁ」
「いや、こっちの」
 最近、尾行を撒く練習にはなるけれど。わざわざその手間を踏まされる、こっちの身にもなってほしい。(それ以外は、際立って特徴はないけど)無星の特徴とされるド根性が、発揮されているのか。ぼんやりと考えたら、隣から怖い威圧を感じた。怒ってる。さっきまでの調子はどこへやら、先輩は真剣に考えていたようだ。スクッと立ち上がる。
「ちょっくら行ってくる」
「え、どこにですか。ここで待機じゃ」
「ちょっくら、全体の八割程度を落としてくる」
「あの」
 コートの裾を引っ張る。あ、柔らかい。針金が入ってそうな見た目に対して、全然入ってない。もしかして、生命戦維の影響だろうか? ふわふわと指で触ってたら、先輩が振り向いた。あ、さっきの様子に戻ってる。ジト目で、顔を赤くして唇を尖らせている。
「そもそも、生徒会四天王はここ以外での介入は禁止ですよ」
「ぐっ」
「阿吽、じゃなくて地獄の牛頭馬頭でしたっけ? 七夕に牛が出てくるとはいえ、よく考えたこじ付けですよねぇ」
 ゴールの門番で、辿り着いた者を軒並み全員倒す。それで一着はなし。あとに残るのは、此方側にとって有利なデータだけ。「楽しみですね」と挑戦者の到来を待っていたら「ちげぇだろ」といわれる。
「はい?」
「そ、んなもんじゃねぇだろ。七夕だぞ? 七夕」
「はぁ」
「こう、一年に一回しか逢えねぇ男女が、こう」
「銀河だと、一年は一瞬でしかないようですね。毎分毎秒」
 だから雨が降ってもお構いなしなんでしょう? なんて浪漫のないことをいったら、先輩が黙った。データとモニターの方に戻る。犬牟田先輩の解析通り、全体の一割も満たなそうだ。それに体力も瀕死の状態に近い。例え、巨大な豆の木ならぬ笹を登る試練があっても、途中で脱落しそうだな。
 そう考えて、暇を潰す。コース開始から数時間後、ようやく最初の数着がここまできた。うわっ、ボッロボロじゃん。こっちが極制服を使うまでもなさそう。
 立ち上がる間もなく、先輩が立ち上がった。カツカツと大股で階段を降り、背中の竹刀を取り出す。枕詞もなしに、いきなり「オラァ!」と叫んで横に一振りした。(雑すぎない?)そんな感想が出るほど、紙切れみたいに全員が飛んで行った。
 遅れて落ちた先を眺める。みんな水にドボンだ。
「少しは、なにか決め台詞をいったらよかったのに。生徒会四天王運動部統括委員長、猿投山渦さんの威厳が台無しですよ」
「うっるせぇ!! これでようやくクソ下らねぇ茶番から解放されんだろ! 解散だ! 解散ッ!!」
 妙に怒り気味な先輩の一言で、今回は解散ということになった。


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