振り払う(在学中)

 梅雨の季節に入った。この時期になるとジメジメして、火薬も湿りやすくなる。此方としては、やりにくい季節だ。先輩の方を先に尋ねる。予想通り、各部活の視察及び対抗試合を組んだりとかで大変なんだろう。あと、その後の支配した高校の様子もチェックしたりとか。(この辺りは犬牟田先輩も入ってるけど)乃音先輩と猿投山先輩が、全国各地の高校の駒を取る尖兵で、蟇郡先輩が支配後の高校のルール統括、それから犬牟田先輩が全国の情報を収集。数えるだけでもやることが多いな。うん。そう考えながら先輩の執務室を後にする。確認したのは、デスクに残ってるやりさしの資料だけだ。しかも、外部に提出する報告書。手書きだし、パソコンで作ればいいのに。そうぼやいたら、犬牟田先輩がスッと眼鏡を上げた。カパッと口元が開く。
「アイツにそんな脳があるとでも思うか?」
 それは盲点だった。思わず口を押さえる。「それもそうですね」と返してから、此方も調べものをする。各会計に、不備はない。各部活の部長が出す出資報告にも、特に異常はなさそうだ。皐月様の財源からちょろまかして、反旗を考えようとするヤツはいない。
「で、そっちはどうだい? なにか進展はあった?」
「平穏そのものですね。たまに、死地に放り込んだ方が生存率上がるかな、なんて考えますが」
「おー、物騒だねぇ。まっ、息抜きは大事だからね」
「してるんですか?」
「たまに」
 そういって、カターンと勢いよくキーを押した。ふぅん。とりあえず調べものを一通り終えたけど、不審な人物はいない。(いや、リストに上がってはいるけど)でも今は泳がせておけっていわれたり、様子も見ろっていわれたし。んっと体を伸ばす。この辺りもやることないと見たら、戦力強化しかない。パソコンから離れ、部屋を出る。
「あっ、そうだ。彼ら、役に立ってるよ」
「それはよかったです」
 自分が消えたあとを思って育てた人材も、どうやら着実に芽を伸ばしているようだ。今のところ、犬牟田先輩も倒れる様子はなかったし。伊織先輩のところを尋ねて、生命戦維の研究について少し尋ねてくるか。
(敵は内にあり、とも聞くし)
 グッと自分の着ている服を抓む。当たり前だけど、抓られたからといって服は叫ばない。極制服の調子を見る。廊下を歩いていたら、ばったりと鉢合わせをした。
「あっ」
「あん?」
 うわ、機嫌悪い。ポケットに手を突っ込んだまま、こっちを見下ろしてくる。私、背が低いから顎しか見えないんだけど。目の前に先輩が立ち塞がる。邪魔だな、と通り抜けようとしたら、先輩が動く。またか。そこから抜けようとしたら、また先輩が動いた。止まる。先輩も止まった。
「あの」
「は?」
「私、そっちの方に用事があるんですが」
「奇遇だな、俺もだぜ」
(じゃぁ、退けよ)
「じゃぁ、退いてくださいよ」
 素直な気持ちが敬語というオブラートを巻いて出た。それでも先輩は退かない。グッと眉の頭を引き寄せて、皺を作る。それからキッと眉尻を上げての睨みつけだ。そう、威嚇をされても。辟易しながら尋ねる。
「忙しいんじゃないんですか?」
「んなに急ぎの用事なのか? え?」
「いや、そうじゃないけど。でも、様子を見ることも大事だと思いますけど? 聞きたいこともありますし」
「それが、急ぎかって聞いてんだよ」
(えぇ)
 そこまでいうこと、ある? というか、先輩の仕事にはなにも支障がないじゃん。(そこまで聞いて、どうするんだろうか?)意味がわからない。
「急ぎですよ」
 極制服のチェック及び報告もあるし。そこまでハッキリいうと、また先輩の機嫌が悪くなった。だから、なんで。(もういいや)ここで押し問答しても、どうしようもない。グッと先輩を押し退けようとしたら、逆に掴まれる。
「あの」
 ちょっと、と批難をいわなかっただけ偉いと思いたい。グッと手首を掴まれる。骨が軋んで折れてしまいそうだ。けど、張本人は機嫌をさらに悪くするだけである。これで、いったいどうしろと。
「邪魔です」
 そこまでハッキリいうと、先輩の顔が崩れた。おい、さっきまでの機嫌の悪さ、どこへ行った? そんなクシャッと、泣きそうな顔をしないでほしい。
「そっ、そこまでいうこと、ねぇだろ」
「通せんぼしているどの口がいうんですか。急ぎの要件なんです」
「どこも解れてねぇだろ」
「念には念を入れての言葉、御存知で?」
 それに、全てをチェックしてからの余暇が生まれる。余裕をもって行動したい分を考えると、こうして話をしているのさえ無駄になるのだ。先輩の手の力が緩む。チャンス! とばかりに振り払おうとしたら、力が入った。また手首が固定される。
「あの」
「おっ、れは」
 先輩の声が震える。言葉尻を濁すと、グッと顔を近付けてきた。身長差があるのだから、必然的に先輩が、少し肩ごと此方へ上半身を傾ける形になる。
「お前に、用事があるんだよ」
 そう顔を赤くして、先輩が眉を下げた。


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