膝枕就寝(在学中)

 もぞりと文月が動く。頭の下の枕は硬い。鼻の先に柔らかさを感じる。それへ手を伸ばそうとしたら、ガシリと力強く掴まれた。その手首の痛みに、薄らと目を開ける。凹凸の出た緑色のニットが見える。目先に棘はない。失明の恐れもなかった。ぼんやりと顔を動かす。真上に、顔を真っ赤に赤らめたまま睨む猿投山がいた。
「なに」
 掠れた寝惚けた声で、文月が尋ねる。その質問に「てっ!」めぇと猿投山は口を開きかけた。だがやめる。「てめぇのせいだろうが!!」と声を大にして、いうことができないからだ。グッと閉じた言葉が口を開けようと、むにむにと動く。猿投山の視線だけが、強く文月を刺す。まさか、肩に寄り掛かってから膝に落ちてきたとは、誰が予想できようか。そこから慌ててベルトも外してしまったことも、口が裂けてもいえない。クッと視線が一瞬だけベルトへ向かったあと、すぐ反対側へ飛ぶ。文月から視線を外す。しかしながら、文月はその一瞬を見逃さなかった。
 猿投山の視線が一瞬飛んだ先を見る。
「なんで、ベルトが」
「るっ、せ」
「全部の服装、制服を身に付けての能力が発揮されるんですよ? 極制服って。それを、自らダメにするようなことなんて」
「テメェ。まさか、極制服を着たまま寝てるとでも思ってんのかよ!?」
 ダメ押しに耐え切れず、猿投山が反論を出す。グッと自身の胸を親指で突き刺し、文月の意見を確認する。それに、キョトンとした目を返した。わからなさそうに顔を歪め、口に指を当てる。視線を下に落としてから数秒、猿投山を見上げた。
「違うんですか?」
 その返しに猿投山は困る。グッと目を瞑り、口を突く罵声を飲み込む。っ、とだけ音が出た。文月は体を起こしたまま、自分の状況を確認している。
 猿投山の膝に頭を乗せていた、それからベルトを外したのらしい──ことはわかった。漠然と考える。
(それにしても、退かせばよかったのでは?)
 そこまで膝を貸していることにまで、義理や事情でもあるのだろうか? 未だに眠気に苛まれる文月は頭を抱える。(最近、変だ)(どうして)過去に覚えのない強烈な眠気に、抗えることができない。肺の裏から出ようとする欠伸を堪える。うつらうつらと舟を漕ぐ文月を見て、猿投山は口を開けた。
「その、よ。まだ寝てりゃぁ、いいんじゃねぇのか?」
「はっ? なにいってるんですか。寝てる暇もありませんよ」
「そりゃぁ、そうだろうけどよ。だが、いざってぇときに万全の体調で臨めなくてどうする」
「万全なんて、人が死んで腕がもげて一本になっても、いえないじゃないですか」
「そんときは、そんときにできることを全部やるだけだ」
「阿呆らしい。でしたら、そのコンディションでできる全てを、やればいいだけでしょう?」
「けど、そうなる前に整えられるっつー状況もあるじゃねぇか。充分に」
 今かってそうだ。と猿投山は口に出す。確かに、今は身を潜めて準備に費やすときだ。領地も拡大し、支配した場所に戦力も補充する。今は、決戦に向けて念入りな準備をする時期だ。言い返せない。文月は眉を顰め、猿投山の膝を睨む。今回の口争に勝った猿投山は、胸を張った。
「んな状態で、皐月様のために動いても無理だろ。せいぜい、足を引っ張らずに済む状態だぜ?」
「クッ。でも、伊織先輩も栄養ドリンク飲むとかでパフォーマンス落ちてないし、犬牟田先輩だって」
「インドアの連中と一緒にするんじゃねぇよ。こちとら現場で動くことも多いんだぜ? 違ぇだろうが」
(やってる量は同じだと思うけど)
 そもそも比較にならない。分野は異なるが、どちらも寝る間を惜しんで計画のために準備を進めていることは事実だ。ぼんやりと停滞する頭を押さえる。(あぁ、もう)猿投山と口論をしている内に、温存した体力が減った。ジッと立ち止まり、それ以上の消耗を避ける。動かない文月を見て、猿投山は手を伸ばした。腕を後ろへ回し、文月の後頭部を叩く。
「寝ろって。しばらくくらい、見てやらぁ」
「でも」
「有事の際は容赦なく起こすけどな。まぁ、それ以外はコイツ一本でどうにかなる」
 と、自身の背にある竹刀を指す。それに不審な目を文月は向けた。(信じられない)もし竹刀であしらうにしても、そこから動けないというのに、どうするのか。反論を考えている間に、猿投山が文月の頭を引き寄せる。有無をいわせないうちに、膝へ戻された。
「寝ろって」
 三度目の言葉に、文月は眉を顰める。『三度目の正直』という言葉もある。これ以上の指示を無碍にすることはできず、文月は目を閉じた。「一回だけですよ」と負け惜しみをいう。それを流して「おう」と猿投山は頷いた。また膝に戻る。硬い枕の上で、また文月は寝た。猿投山はまた、文月の顔を見る暇潰しに戻った。


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