ウェディングフォト闊歩

 商店街の付き合いで、ウェディングドレスを着てくれって話になった。どうやら、昔はお嫁さんがくると近所を歩いていたのらしい。顔見せの一環だろうか。そういう地域性もあって、色々と協力してほしい、だそうだ。(写真屋さんに、あとは話題性の一環か)写真のモデルと、集客率。確かに、協力して損はなさそうだ。それで一つ返事をして、先輩もあとで話を聞きにくる。そうしたら烈火の如く怒りそうな顔をして、あんなことを言い出したなんて。
「本当、驚きだなぁ」
「あん? なんだって?」
「いや、別に。なにも」
 ありませんよ、とだけ答える。『おかげでいいモデルができた』と写真屋さんが喜んだように、出来はいい。けど、まさか。先輩が新郎役を申し出るとは。
(本当、驚き)
 私一人だけで、撮影をしたり歩いたりするだけだと思ったから。大きな写真の中では、タキシード姿の先輩が緊張している。グレーで、純白とは違う。あぁ、化粧はどこでしてもらったっけ? 商店街の近くにある美容院だっけ。
「恥ずかしくなかったんですか?」
「な、にがだよ」
「いや、ウェディングドレスとタキシードって。それに、挙式? みたいな感じで腕を組んで歩いてたじゃないですか」
 こう、といって空気を掴む。そういう格好だったこともあって、先輩の差し出した腕に腕を挿し込んだのだ。こう、交差するみたいに。先輩は黙ってる。後ろ姿しか見えないけど、プルプルと体が震えているように感じた。
「しかも、町内一周」
「おっ、お前は嫌だったのかよ」
「いや、それよりも恥ずかしさが勝った感じですね」
 しかも、はやしたてられたし。そこまでいうと、ギクッと先輩の肩が跳ね上がった。ギギギと顔を動かしている。肩越しに、先輩がジト目で睨んできた。けど、頬が耳まで赤い。
「お、俺だって、その。恥ずかしかったぞ」
(意外)
 あんな羞恥心がないような塊をした、空気の読めない先輩が。そこまでいおうとして、口を手で隠す。なので言葉を発さなかった。けれども顔には出てたのらしい。「おい」と先輩がキュッと眉を吊り上げた。
「っつぅか、それだけかよ。恥ずかしいとか、他に、こう。もっとあるだろ」
「えーっと」
(嫌がる、ということか?)
 でも、先輩は先に否定したし。もし先輩の気持ちに立って考えるのなら、その反対にある『嬉しい』って感情?
 写真の二人を見て、先輩に表を見せる。先輩にも、写真の中に映る私たちの姿が見えた。
「これは、どう思います?」
「あっ、そいつぁ」
「私は」
 呆気に取られたか、先輩の目が丸く小さくなる。目が点になった。光に透けてみるけど、裏面から表を見ることはできない。
「ここを通るたびに、なんか、その。こそばい気持ちにはなりますね。胸のここが、こう」
 こしょばい。そこまでいうと、先輩が肩越しにホッと息を吐いたような気がした。強張った肩が柔らかくなる。先輩は背中を見せたまま、返事をした。
「俺もだぜ。まぁ、悪くはねぇ」
 気分だって、ことだろうか? 写真をもう一度見る。これ、アルバムに入れておこうかな。あぁ、買わなきゃないか。そこまで考えて、フゥと息を吐く。
「いります? これ」
「は!?」
「いや、だって。入れる場所がないし」
 今度は体ごと振り向いた。そんなに驚くことだろうか? ヒラヒラと写真を揺らせば、グッと先輩の眉が吊り上がる。口はへの字だし、眉間に皺も寄った。大股で近付く。テーブルに置いた袋を取ると、中身を開いた。当然、空である。先輩の機嫌がさらに悪くなる。
「一枚、じゃねぇか」
「うん」
「一枚だけしか、ねぇんだろ」
「うん。けど」
 いいたいこともわかるし、送った向こうが意図したこともわかる。
「まだ、飾るには恥ずかしい感じで。なんか、その。本当にしちゃったのかな、って気持ちも強まるから」
 そこまで本音をいうと、先輩の怒りは弱まった。眉がふにゃりと垂れて、口が少し開く。眉間の皺は寄ったままだけど、顔に上がる血の気の色は変わった。真っ赤な鬼のような形相から、ほんのり色付いたサクランボのような赤い色になる。気恥ずかしいのか、先輩の視線が泳いだ。
「お、う。そ、うかよ。じゃぁ、預かってやるよ」
「ん、そうして」
 写真を先輩に手渡す。リビングに飾るには、まだちょっと早かった。


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