ハーゲンダッツ(大学進学で別居中のこと)

「あっ、しまった」
 買い逃していたものがあった。しかも一期一会。もう一度お目にかかることは難しい。自分の判断ミスに、泣いてしまう。
 コンビニに寄って、お高めのアイスを買う。ハーゲンダッツ、日本人にとっては贅沢の癒しを味わわせる一品だ。しかも、コンビニに行けば全国どこでも買える。これを流通と価値観の刷り込みに成功した一品といって、過言はないだろう。そんなことを、悲しさを紛らわせるために考えた。
(グスッ、悲しい)
 こんなことなら、人をダメにするソファも買いたかったな。デロデロに甘やかしてくれるソファ。思考も沼の底に落として、なにも考えなくしてくれる。けど、ここにソファなんてものはない。テーブルだけだ。それにカーペットへ寝転がることもできない。黙々と、床に座って食べるのみ。
「はぁ」
 溜息を吐くと、ガチャっと鍵の開く音がした。合鍵を持っているのは、ただ一人。足音で来客が誰かもわかる。黙々とアイスを食べる。また鍵の回る音がして、先輩が部屋に入ってきた。
「よう、久しぶりって。なんだぁ? 泣いてんのか」
「泣いてない」
「いやいや、お前。泣いてんだろ。確実に」
 ズッと人の部屋に入るなり指差してくる。痛い。目尻を突く先輩の指を請けながら、黙ってハーゲンダッツを食す。やはり、抹茶の味は日本人の故郷。
「なんか落ち込むことでもあったのかよ。え?」
「落ち込んでない」
「じゃなきゃ、そこまでしょげてねぇだろ」
「ぐっ」
 流石心眼通、お見通しってわけか。見えないものなど、なにもないってか。(やかましいわ、ボケ)そんなことを思いながら、また一口食べた。ハーゲンダッツのスプーンは、白くて硬い。平たくて、硬いアイスを削岩できる。けど、岩みたいな硬さはなくて。口に入れれば、体温でホロリと溶ける。(美味い)乳製品のコクが、深い。その癖サッパリなものだから、胸焼けをする心配もない。黙々と食べる。先輩が隣に座った。
「久々に会ったのに、なにもいってくれねぇのかよ」
「久しぶり」
「そうじゃなくてよ。もっと、こう。あんだろ?」
「久しぶり」
 今はそれ以外に、なにもいうことはない。ジワッと目尻に涙が溜まる。それで察してくれたのか、先輩がポンポンと頭を撫でてくれた。それだけである。自分の胸に引き寄せようとするとかは、私が動かない限りないだろう。
 ただそれだけで、どうしようもなく泣けた。ただ泣く。なにもいわないのに、先輩は黙って頭を撫でてくれた。


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