コンニャクの日

 ピチャン、ポトンとコンニャクが落ちる。右手で包丁を握り、左手でコンニャクの一丁を持つ。切ったら左手の桶へ、新しいコンニャクを求めて右手の桶へ。先輩が「コンニャク切りまーす!」「コンニャク入りまーす!」と叫ぶたびに、観客から黄色い歓声が上がった。LIVE中継をした先のコメントでは、途切れることはないけど。常時「イケメン」「顔がいい」「目の保養」先輩の顔の良さや外見を褒め称えるばかりだ。おまけに「恋人いるのかな」のコメント。これには少し、ムッとしてしまう。
 自分で言い出した手前だけど、とても疲れた。その代わり、手応えはある。
(切ったコンニャクは、全部来てくれた人にあげたし。少し赤は出てしまったけど、宣伝効果を考えれば黒。それに、LIVE中継は実質タダ)
 スマートフォンで撮影して、タブレットで同時に生中継の映像を確認する。手持ちで、ここまでのことができるのだ。とても精神的に疲れたけど。
 大盤振る舞いをした代償は、大きい。
(帰ったら、寝よう)
 ご飯はもういいし、食べるなら一人で食べてもらおう。そう思ってゴロゴロしていると、先輩がやってきた。フロア三畳の休憩室に。先輩が入ると、とても狭い。寝た振りをすると、先輩がタブレットに手を伸ばした。
「あとで片付けるから」
「ん。そうか」
 鞄の中を整理していないから、充電コードもタブレットも食みだす。少し体を丸めると、先輩が横に座った。かなり寝転がれるスペースが狭い。あの、とでも口を開いた方がいいんだろうか? でも、少し休憩したい。洗い物も、あるし。無視していたら、先輩がジッと見つめてきた。
「なぁ、千芳」
「んー」
 声をかけられた以上、答えるしかない。先輩に背を向けたまま、続きを待つ。返ってこない。しばらくしてから、気配が近付いた。あ、軽く覆い被さっている。腕はついてないけど、私に影を落としている感じで、さっきより声が近い。
「コンニャク切ってるところでよ、嫉妬していなかったか?」
「うっ」
「やっぱりか」
 わかりやすいな、って笑われる。なんだ、図星でなにが悪い。拗ねて無視をしていると、頭を撫でられる。あ、癒される。少し落ち着くと、先輩がゆっくりと近付いた。体を屈んで、真上から見下ろしてくる。
「別に、心配する必要ねぇじゃねぇか」
「複雑なの」
 先輩だって、するくせに。そうといわなかっただけ、有難いと思っていただきたい。まだ先輩は、頭を撫でている。
「俺は千芳のモンだぜ?」
「うっ」
「お前だって、俺のモンだろ」
「まぁ、そうだけど」
 うん、と肯定の言葉を返してしまう。あぁ、恥ずかしい。ギュッと目を瞑る。「ヘヘッ」と照れくさそうに、笑わないでほしい。
「まっ、俺が広告塔になっちまった以上、客は増えると思うぜ? 収入も増えんだろ」
「それは、SNSの効果で。さらにいうと、通販をすれば効果も抜群なだけで。ただ」
「親父のコンニャク、全国展開してるだろ? それでいけんじゃねぇのか?」
 少なくとも、俺はそう思うぜ。って付け足してくる。確かに、全国各地スーパーで買えるけど。でも。薄く目を開いても、年季の入った壁と畳しか入らない。
「けど、よくもまぁこんな短期間で仕上げたモンだぜ。ありがとな、助かったぜ」
「それは、どういたしまして」
 です、と消え入る声で答える。それも聞いてか、ガシガシと先輩が頭を激しく撫でてきた。ちょっと。あとは帰るだけでも、そこまで髪型を変にしないでもらいたい。
「あの」
「んだよ。頭巾でペシャンコになったのを直しただけだぜ?」
「それは、大丈夫だから」
「ふぅん」
「そろそろ、退きませんか?」
 明日休みなのは、作務衣を洗濯するためだし。そう返したら、先輩が黙った。私の頭に手を置いたまま、黙り込む。それから、ゆっくりと動いた。また私を撫でる。
「もう少し、な」
 汗臭いから、シャワー浴びたいのに。複雑だ。薄く開けた目を閉じる。
(職場で手を出さないのなら、別に)
 気が済むまで、やっていいか。先輩に撫でさせたまま、もう少しだけ寝た。


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