こんにゃくの日の下拵え

 今日が五月二三日ということは、あと六日でコンニャクの日が始まる。でも、どうしよう。この語呂合わせの日に、なにも思いつかない。普通なら、その数ヶ月前に準備を始めるものだけど、この騒動だ。適当にコンニャクの合わせ買いか投げ売りをするしか思いつかない。(あ、先輩)そういえば、先輩が作務衣姿で腕捲りしながらコンニャク切るの、好評だったな。よし、それで乗り切ろう!! そうと決まったら、善は急げ。一週間は切ったけど、おばちゃんたちには『目の保養になった』とも聞くし、口コミでどうにかなるだろう。
「で? 俺がコンニャク切ってる姿を撮らせてくれだって?」
「そういうことです。ほら、用意もしましたし。ライブで切る光景の」
「いや、確かにそれだけありゃぁ、できるけどよ。季節感ってぇもんがあるだろ? ほら、夏に切るコンニャクとかよ。風流じゃねぇか」
「今は夏並に熱い時期がくるようになったので、大丈夫ですよ。清涼を求めるための一環です」
「んじゃ、当日寒かったらどうすんだ?」
「それはそれ、これはこれ、です。先輩の腕を見るために求めるお客さんはいますよ」
「なんじゃ、そりゃ」
 でも悪い気はしねぇな、と先輩が続ける。「コンニャクを求めてるような気がしてよ」ヘヘッ、とはにかみながら鼻の下を擦った。これ、先輩がイケメンだから釣られる、ってはいわない方がいいんだろうなぁ。意気込む先輩を見て、そう思う。
「仕方ねぇ。いっちょやってやりますか!」
「ありがとうございます。とりあえず、ベストショットが撮れるまで切り続けてもらいますからね。本日分の仕事と一緒にやっちゃってください」
「おう。っつーことは、あれら一式をこっちへ持ってった方が早ぇか。ちょいと待ってくれ」
 そういって、先輩が工房に戻る。私は店先に残されたので、どうしよう。とりあえず、加工用の準備を始めた方がいいか。充電コードを繋げて、電源を入れる。ペンタブ、みたいなのでコツコツ透過加工をすればいいか。あとは、これとスマホを共有されるような感じで。そう考えていたら、ドサッと大量のコンニャクが現れた。しかも、水槽みたいなのに浸かったコンニャクたちがたくさん。
「えーっと、コンニャクの活け造り?」
「はぁ? あっ、でもいいかもな。刺身コンニャクってのもあるし、いい考えじゃねぇか!」
 千芳、と叫んで私の背中を叩いた。ちょ、痛いって。驚くよりも先に肩を抱かれて、スリスリと頬を寄せられる。
「コンニャクの活け造り。クゥ、良い響きじゃねぇの。まさに清涼に持ってこいだな!?」
「はぁ。まぁ、そうですね。下手に技術磨かないでくださいよ? 空いた時間にしてください」
「わぁってらぁ。けど、飾りとして出す分にはいいんじゃねぇのか? クソッ、また来年に出直すしかねぇ」
「そうなりますね。活け造りとなれば、色々と準備が要りますし」
 魚に見立てるんだ。当然、赤身や白身も必要になる。だとすると、やっぱり仕入れから始まって──と考えたら、もう切り始めていた。
「早いよ」
「あん? コンニャクは待っちゃくれねぇんだ。当たり前だろ?」
「そうだけど。あぁ、早い」
 ブレる。とりあえず連写の状態にしたら、撮れるかな? 先輩が止まるまで、シャッターを切り続ける。「すぐにいっぱいにならねぇか?」と先輩が聞いてきたので「そうだね」と返す。
「まぁ、溜まったら消せばいいし。大丈夫かと」
 そういえば、先輩が不機嫌になった。コンニャクを切る手が止まる。パタパタと近付いて、手元を覗き込んだ。
「今、どこまで撮ったんだよ」
「わっ、濡れた手で触らないでください」
「ふぅん」
 ゴシゴシとエプロンで拭いてから、画面をタップする。どれを見ても、同じように映るばかりなのに。飽きもせず、先輩は自分の撮られた写真を見ている。
「こんなにたくさんのを、あとで見るつもりか?」
「勿論。ベストショットを撮るためですし」
「ほぉ?」
 なんでニヤニヤと笑う。急に顎を自分の顎を撫で始めた先輩を見て思う。それ、癖? 相変わらず、先輩の喉仏はすごい。
「悪い気はしねぇな」
「なにが?」
「んにゃ、なんでもねぇよ」
(そうやってはぐらかして)
 意味わかんない。そう思いつつ、またスマホを構えた。


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