火照る直行

「おい、千芳。そこ、気を付けろよ。そこ、毛虫がいるぜ」
「うわ!?」
 なにを隠そう、私は毛虫が苦手だ。先輩がいってくれなかったら、危うく踏むところだった。ホッと息を吐く。だけど『毛虫』に反応して驚いたせいか、着地を誤ってしまった。足首に余計な負担がかかって、前へ倒れ込みそうになる。「うわっ」と片足で立て直そうとしたら、先輩が支えてくれた。グッと肩を引っ張られて、膝に手を入れられる。
「気ぃ付けろよ。転ぶと大変だぜ?」
「そ、そうですね。ありがとうございます」
 というものの、下ろしてくれない。そのまま膝と肩を抱えて、私を横抱きにする。すたこらさっさと道を渡って、裏路地に入る。道が汚いんだろうな。そう思うけど、なら入らないはずだ。自分の思考に矛盾が生じる。路地を抜け切ると、明るい繁華街が見えた。
「あの、ちょっと。ここって」
「いいだろ? 昼間から行く連中もいるんだぜ?」
「そ、それはそれ。これはこれという話で」
「ダメか?」
 そんな捨てられた子犬のような目をされても。今にも「クゥン」とまで泣きそうだし。あ、それは幻覚か。「とにかく下ろしてください」と肩を押しても、全然下ろしてくれなかった。
「先輩」
「名前」
「う、うず」
 一刻も早く下りたいから、素直に答える。要求が通ると、フニャリと笑って「よし」という。そのまま手頃なホテルに入った。
「だ、だから嫌だって」
「嫌か?」
「いやじゃないけど、そっちじゃなくて」
 お姫様抱っこ、って呟くとキョトンと目を丸くした。先輩、自覚がなかったの?
「や、恥ずかしいから。下ろしてほしいの、いやください」
「ん? どっちのことだ?」
「どっちも! 下ろして」
「逃げねぇ?」
「逃げないから」
 もうここまできたら、どうしろっていうんだ。そこまでいうと、先輩がニッコリと笑ってメニューを指した。
「いつまでにする?」
「ばか」
 好きにして、と先輩の手に委ねた。


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