媚薬ロッカー(在学中)

 生命戦維の影響で、猿投山と文月の体に変化が起きた。極制服の使用回数が一定以上超えたときに出た弊害だ。これは縫製と調整を直せば解決することだが、今はそれどころじゃない。なにせ狭い場所に閉じ込められたからだ。遮蔽物や障害物も多く、見つかるまで時間がかかる。文月が下で、猿投山が上。おまけに極制服の力があっても、猿投山の背中にかかる圧は変わらなかった。ミシミシと、遮蔽物と障害物の山が重力へ引っ張られる。圧が猿投山を下へ押した。
「へ、変身を解かなければ、こんなことにならなかったのに」
「しっ、仕方ねぇだろ!! 異変を感じたんだぞ!? 異変をッ!!」
「でも、剣の装のままだと、まだなんとか」
「この状態でなんとかしろってか!? えぇ!?」
「そ、そうはいってないけど。でも」
 しどろもどろに視線が揺れ、紅潮する文月の口から熱い吐息が漏れる。生命戦維の適性が高い身体であるほど、弊害がデカい。堪える猿投山より、文月の熱は高かった。足が擦れ合うだけで、文月の体がビクリと跳ねる。
「やっ」
「ん、んな声を出すな!! 気色悪ぃ!」
「きっ、気色悪いってなんですか!? せ、先輩だって、その。硬いのが当たってますし!」
「こ、生理現象だから仕方ねぇだろ!?」
「生理現象ってなんですか!」
「うるせぇ!! と、とにかく! 異常事態だ!! んなの!」
『だから俺は悪くねぇ!』といわんばかりに、猿投山は狭い空間で叫ぶ。それに耳がキンとする。両手で塞ぎたいが、動けるスペースはなかった。せいぜい、膝を上へ折るだけである。猿投山の手が文月の横に着き、反響した大声で山が揺れる。グラリと振動が猿投山にきた。「ぐっ」と呻いて肘が曲がった。密着度が増す。重なる面積と押し付けられる硬さに、文月の体が震えた。
「あっ、やだぁ」
「だからッ! んな、声出すんじゃねぇと」
「すっ、好きで出してるわけじゃない!」
「あぁん!? だったらなんだっていうんだ!?」
「私も変な感じだからなんです!! 突然、服の中身が、その。ンッ、もぞもぞと動いて」
 あっ、と色っぽい声を出す。もぞもぞと動く文月の動きが猿投山に伝わり、ゴクリと生唾を飲み込ませる。極制服の変調で身体に異常が出ている以上、正常な判断を保つことも難しい。理性を保とうとした猿投山の息も荒くなった。
「なぁ、やっぱりよ」
「は? な、なんですか」
「俺のこと、好きじゃね? お前」
「は、はぁ!? この非常事態になにいってるんですか!? 馬鹿じゃないんですか!」
「あぁん!? だったら、んな反応を見せねぇはずだろ!! 嫌いなヤツ相手によ!」
「漫画の読みすぎです!! えろ漫画とかAVとか、とにかくその周辺のフィクション、読みすぎ!! 現実見て!」
「だったら!! お前、俺のこと嫌いだってぇのかよ!?」
「別にそんなこと、いってない!」
 媚薬の毒に浮かされた状態に近いので、平常心も保てない。猿投山は短気になり、文月は敬語を忘れる。年相応の口調で反論を返した。
「生理現象だもん!! 私のだって!」
「なら、ヤッてもいいってことか!?」
「馬鹿なの!? なんでそんな神経に行くのかわからない!! 本当、男の人って馬鹿ばっかりなの!?」
「クッ、突然怒鳴るんじゃねぇ! キィンと耳にきたじゃねぇか!?」
「それはこっちの台詞! 私だって耳にキィンときたんですから!」
 もうっ!! と文月のむくれた顔により、猿投山の精神がグラリときた。「お前、やっぱり俺を煽ってるだろ」と別の意味に取った猿投山に対し「はぁ!?」と文月は怒りで返す。「そんなわけないじゃない!!」「とにかく、さっさと出ることを考えないと」熱に浮かされながらも脱出を図ろうとする文月に、猿投山はグッと体を近付いた。
「いいや、んなわけねぇ。いい機会だ、白黒つけようぜ」
「白黒つける、って。そんなの毎回手合わせして決まってるでしょ!? いい加減、あの癖直してくださいよ!」
「あぁん!? 今、そんな雰囲気じゃなかっただろ!」
「いつも空気読めない人にいわれたくない!!」
「なんだって!?」
 猿投山が行為に及ぶ前に文月の反論が飛び、口論に変わる。猿投山の挑発は愚弄に負け、愚弄が反論に変わって平手打ちを送る。心に往復ビンタをされた猿投山は、少し泣きそうになっていた。
「手前ぇ、調子に乗るなよ!?」
「だったら、もう少し頑張ってくださいよ! 先輩のせいで、私動けないんですから!」
「誰のせいでペシャンコにならないで済むと思ってんだ!? えぇ!?」
「私一人だったらどうにか、あんっ。ちょ、やだ! なにやってるんですか!?」
「るっせぇ! 嫌いな男に感じねぇ女なんていねぇだろ!?」
「ちょ、やだ。誰かぁ! ここに変態男がいる!!」
「変態じゃねぇ!」
「だったら、誰にでもやるってことじゃん!?」
「やらねぇに決まってんだろ!! この、馬鹿女!」
「なんですって!? 脳味噌なにも詰まってないコンニャク男にいわれたくない!!」
「あぁん!? 今、コンニャクを馬鹿にしたな!? 貴様!」
「コンニャクの矜持にかけて、そんなことしないでくださいって意味ですよ! 馬鹿ッ!!」
 馬鹿に馬鹿と返し、馬鹿の往復をする。いってることは小学生だが、そこに至るまでの内容は高校生に等しい。だが、最後に「馬鹿!」と往復を返す以上、小学生である。そのような不毛なやり取りを続けていると、猿投山の背中にかかる負担が軽くなる。障害物と遮蔽物の山が、横へ退けられていた。
 生命戦維の強い反応で探し当てた犬牟田が、猿投山と文月の落ちた穴を見る。ちょうど壊れたロッカーの下に落ちたのだろう。錆びた扉が文月のクッションとなり、猿投山が扉の代わりをしていた。この様子を穴の上から見た犬牟田がいう。
「なにをしているんだ、君たちは」
「犬牟田ッ!! 邪魔すんじゃねぇ!」
「なにか変!」
 同時に主張した報告に、犬牟田は耳を塞いだ。指で耳栓をする。少し空気圧を調整すると、指を引き抜いた。
「わかった。とりあえず、伊織に報告もしておこう」
「だから邪魔すんじゃねぇっつってんだろ!?」
「早く出して!」
「はいはい。猿投山が退いたらの話になるね」
「えっ!?」
 非情な一言に、文月は悲しみの声を上げた。それに猿投山の怒りが増す。「あぁん!? なにが嫌だって!?」ポンポン買い言葉を投げてくる。(付き合ってられない)異変を体に残す文月は、深く熱い息を吐く。
「とにかく、退いてください! セクハラです!!」
「あぁん!?」
「猿投山ァ!! 本能字学園生徒会四天王の一人であるお前が、なに風紀を乱しておるか!?」
「うるせぇ! 蟇郡、テメェも邪魔すんな!!」
「埒が明かないわね。こうなったら、私の奏の装で一掃した方が楽じゃない?」
「そうしよう。くれぐれも、俺らが避難した後でって、君も人の話を聞かないな!?」
 案ずるより産むが易し、論より証拠。犬牟田や蟇郡、捜索チームが退散するよりも先に特大のビームを打ち出した。辺りの遮蔽物や障害物が一瞬で灰になる。極制服が防御態勢を取ったせいか、解れた糸が直った。猿投山だけが、正常に戻る。
「なっ、にしてくれたんだ!? 蛇崩このアマァ!!」
「はぁ? さっさと出てこないアンタが悪いんじゃない!! 文句はお猿さんの悪い頭にいうことねぇ」
「あぁん!?」
「と、とにかくもう退いてください!! 先に伊織先輩のところに行きますから!」
 地平線に平行になった地面の上で、文月は猿投山の肩を押す。ドンッと力強さに猿投山は尻もちを着いた。「おい!」と怒声を浴びる間もなく、文月は逃げるように飛んで行った。「クソッ」と猿投山が罵倒を吐く。
「逃げやがって。クソが」
「なにがあったか知らないけど、君も裁縫部に行った方がいいんじゃないか? そこ、解れてるよ」
「あぁん?」
「というか、極制服を使えば一発だったじゃない。どーして、変身しなかったんだが」
「不調をきたしたようなら、早めのメンテナンスを心掛けた方がいいぞ」
 三者三様に同様のことをいわれる。四面楚歌を味わった猿投山は、小さく舌打ちをした。「チッ」と吐き捨ててから、その場を後にする。「おっ、そうだ」と思い出したことを伝えた。
「アレらはどうなったんだよ? ほれ、本能字学園に潜入しやがった」
「あぁ、スパイの連中? とっくのとうにそこら辺に転がってたよ」
「盗んだ機密情報が入ったデバイスごと壊れてる状態でね。これ、やったの猿くんでしょ。アイツならこんなことしないわよ」
「既に回収した。案ずることはない」
「ケッ、そうかよ」
 それだけを聞いたあと、事件現場を後にした。


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