紹介したいヤツらがいる(在学時)

 吠えるポメラニアは先輩のようだし、先にバイクの免許を取った先輩はズルいと思う。軍艦みたいに閉じた窓を眺めながら、そう思った。あの開いた窓のは、どこのだったのだろうか? それとも、廊下に地続きになった教室だけ? なんだかとっても、疲れて頭が回らない。
 生徒会室のある階を歩いても、慌ただしい。忙しそうな生徒会員の一つ星の様子を見るに、動いているのは風紀部だ。けど、特に手伝えといわれた案件もない。私は私でやることをやるだけだが、犬牟田先輩。忘れていた。あの人にも報告して、連携も求める事案があったんだった。
 頭を押さえる。考え事をしていたら、急に腕を引っ張られた。
「うわっ」
 咄嗟に弾き返そうとしたら、肩に腕を回される。グッと前方に力を入れることはできない。代わりに肘鉄を腹部辺りに入れようとしたら、その腕も掴まれる。ポスン、と温かい壁に背が付く。同時に、腰の辺りに棘みたいな痛みが走った。掴まれた腕を見る。この手の大きさと肌の色、ついでに腕周りの筋肉ときた。この人物、知っている。
「猿投山先輩」
「あ? 急に刺々しい態度になってんじゃねぇぞ。時間、今あるだろ」
「時間」
 急に、とはこっちの台詞だ。こんな人気のない廊下に連れ込んで。他の生徒が見たら誤解をされてしまう。グッグッと先輩の腕を引っ張る。でも、答えを聞くまで離すつもりがないのか、先輩の腕はビクとも動かなかった。
(やろうと思えば、やれるけど)
 無駄な労力である。それからきっと、どうせ無駄な口論に発展する。はぁ、と溜息を吐く。観念して、スケジュールを思い出した。
(あれとあれをどうにかして、それで)
 これを後に回して引き延ばせば──まぁ、できるか。
「できますよ」
「なら、俺に付き合え」
 なんだ、人が譲渡したのにその言い草は。そう文句をいう暇もなく、先輩に腕を引っ張られた。手首を強く握られる。パシッと叩くが、先輩は力を緩める気配がない。なんだ、これ。頑固な先輩に眉を顰めてしまう。三つ星専用の高機動ロープウェイ乗り場まで行くと、車掌の一つ星が挨拶をしてきた。これも、生徒会員である。皐月様の学園視察の護衛だけでなく、学園に関するあらゆる雑事を大人の代わりに担っている。思うんだが、学園の生徒の本分である勉強を、ちゃんとしているんだろうか? 私は、人のことをいえるが。ちゃんと先に一通り履修したし。と思ったら、先輩が車掌の一つ星となにかを話していた。どうやら、行き先を告げたのらしい。「はい、わかりました」なんてことを車掌の一つ星はいってた。
 先にゴンドラの中に放り込まれ、扉を閉められる。無論、犯人は先輩である。なんというか──形容するならば『遊園地の観覧車の個室を広げたもの』に近い──車内を眺めていると、急に動き始めた。グンと風景が斜めに下がっていく。先輩は向かい側に座った。
「手、出さないでくださいよ。意外と、見てるんですから」
「ケッ、わぁってるよ!」
「事故防止のためにも」
 そう念を押すと「チッ!」と先輩が苛立たしく舌打ちをした。それにしても、いったいどこに向かっているんだろうか。
「どこに向かってるんです? これ」
「あー? それを聞いてどうすんだ」
「目的地がわかると、多少安心するもので」
 それに、もしものことがあったら対応がしやすくなる。そこまでいうと、先輩は耳を掃除し始めた。小指で。コイツ、ちゃんと人の話を聞いているのか? フルフルと拳が震え始めた。
(いけない!! こんなところで取っ組み合いの喧嘩を始めては、車が壊れてしまう。あ、三つ星の極制服だから平気か)
 変身もしてしまえば、さらに安心。高度を確かめていると、先輩が口を開いた。
「用事に付き合わせたら、わりぃのかよ」
「えっ。だから、その用事の内容ですけど?」
「だーっ!! だぁかぁらぁ! クソッ!!」
 急に叫び出して頭を抱えたら、俯いて頭を掻き始めた。なんだこれ。先輩、いったいどうしたんだろうか? 疑問に思って近付けば、先輩はまだ項垂れていた。
「あの。別に、他意があって聞いたわけではないんですが」
「あー、悪意があったらタダで済ませてるわけがねぇだろうが。クソがッ」
(タダ)
 だから、どうしてこんなにけちょんけちょんにいわれなければならないのだろうか? 眉を顰め、膝を屈める。下から先輩の顔を見上げようとすると、グッと腕を掴まれた。そのまま引っ張られる。
(わっ)
 今度はしかめっ面で顔を赤くする先輩と鉢合った。なんだか怒っているようだが、その口からいつもの罵倒や反論が出てくることはない。あと、調子に乗って粋がって傲慢な口振りをするのも。あ、ここまで罵倒のレパトリーが増えるとは。本当、あの先輩方に囲まれて成長したものだな、自分。そんなことを思ってたら、睨みつけてきた先輩が、視線を逸らした。
「クソッ」
 また同じ言葉を吐き出した。挑発、罵倒、反論。大体それらで先輩たちはギャアギャアと騒いでいるし、会話も構成されている。正論? それは反論の内に含まれるもので、しっかりと独立したことはない。ただ、皐月様も──あぁ、あの方も反論の間に正論を言い放つお方だったな。と、情報を整理しても思う。
(やっぱり、可笑しい)
 あんな会話をしているのだから、反論も罵倒のレパトリーも多いはずなのに。なんで同じ単語しか繰り返さないんだろう。私の腕を掴んだまま、先輩はガシガシと頭を掻く。俯いているのだから、顔色はわからない。ただ、耳の色は真っ赤だった。
 ガタンと車が揺れる。見れば、もう地上に着いていた。けれど、どこか見慣れたものとは違う。来た方向を見れば、微かに銅索が平行線上に別の場所へ伸びていた。
(あのゴンドラ乗り場で目的地を変えるのか)
 いや、ロープウェイ乗り場だろう。なんでここまで無知を曝け出しているのかといえば、乗る機会があまりなかったのである。その、空中からロケットランチャー出されたときの対応とかが、面倒だから。
 そんなことを思ってたら、後ろでブォンブォンとエンジンを吹かす音が聞こえた。まるで暴走族が走り出す前の音である。振り向けば、先輩がバイクに跨っていた。
「あの。それは」
「必要経費ってヤツだよ。一々細けぇヤツだな」
「そうじゃなくて、あの。あ、最新の型じゃないですか!」
「ほー、詳しいねぇ。バイクに目も暮れないお堅いさんだと思ってたぜ?」
「最新に近ければ近いほど、高くなりますからね。必要パーツも違いますし。旧式だと使えないのが出る」
「ふぅん。カスタマイズとか好きな性質なのか?」
「いや、全然。寧ろ面倒臭いですね。場合に応じて使い分けたりとかしないとなので」
 あと、壊したときに整備士が煩い。そこまで伝えると、先輩が瞬きをした。パチリ、と。
「へぇ、意外と荒い運転をするんだな」
「荒いというか、必要に応じてですよ。岬の峠の曲がりくねったのとか、あるじゃないですか。それを高速で走ったり」
「おっ、度胸試しか?」
「命を賭けた逃走劇ですよ」
 しかもロケットランチャーや爆薬を持って、とはいえず。私の分を探す。目の前にあるのは、質の高さを備えた整備工場だ。そこに、予備のバイクや販売店などあるはずもない。
「あの。私はどうやって、行けばいいんですかね?」
「あん? んなの、決まってるじゃねぇか」
 ポンポン、と自分の後ろを叩いてくる。この男、マジか。
「そんなに、乗りたいんですか」
「バイク二台でチンタラ走るよりかはマシだろ?」
「チンタラ、って。寧ろ国土交通法を頭に入れる方が」
「乗れよ。そこまで荒い運転はしないぜ? お前よりかは、よ」
「なんでそこで笑うんですか。馬鹿馬鹿しい」
 反論と罵倒が口に出るけど、反論はできない。大人しく先輩の後ろに座った。エンジンに巻き込まれないよう、裾を引き寄せる。バイクの二人乗りは狭い。先輩にピッタリくっつかないと、ちゃんと乗れない。
「ヘルメットは良いんですか?」
「いらねぇよ」
 国土交通法では要るんじゃなかったのか? まぁ、ヘルメットがある分視界が狭まるのは苦しい。視界の確保の点については同意だ。ギュッと先輩に掴まる。タンクトップの縦線が指に掠る。胸元を強く握りしめたら「フッ」と先輩が笑った。
「なに笑ってるんですか」
「わら、ってねぇよ」
「嘘つき。今、大きく息を吐いた」
「ハンッ、意外と怖がりじゃねぇの? 振り落とされるのが怖ぇんだろ」
「そんなんじゃない」
 あっても、サイドカーに乗って銃をぶっ放したりとかしていただけだ。こんな、体の自由がほぼ取れないのなんて、初めてなのである。ギュッと先輩にしがみ付くと、また先輩の肺が大きく膨らんだ。フゥ、と息を深く吐き出す。ブォンブォンと言いっぱなしだったエンジンが、ついに回り始めた。
 バイクが走り出す。鬼龍院家の敷いた道路であることもあってか、信号機は一つもない。ほぼ一直線に、目的地に向かって走っていた。対向車もいない。擦れ違う車もない。ただ、私と先輩しか走ってない。
「どこに行くんですか!?」
 ビュンビュンと煩い風の中、大声で尋ねても返事はなし。いつもなら「あぁ!?」と返してくるはずなのに。「先輩」と小さく呼んでしまう。先輩の胸が大きく跳ねた。ドクンと、タンクトップを握り締める手に熱が伝わった。いや、気付いてるなら反応をしてほしい。それとも、走行中だから無理なのか。潮風が体を叩き付ける。横風にも関わらず、バイクはバランスを崩さなかった。走行を続けて、陸路に上がる。海が遠ざかって、車の排気ガスが混ざる匂いになった。ケホッと軽く咳をする。少しは、休憩してほしい。遠ざかるパーキングエリアのPの字を見ながら思う。けど、先輩は待ってくれない。そこまで、急ぎの用事らしい。
(今、何時だっけ)
 本来なら今頃、仕事をしているはずなのに。なんで貴重な時間を使ってまでも、この人と一緒にいるんだろう。そんなことを考えたら、先輩がポツリと呟いた。
「紹介してぇヤツらがいるんだよ」
「え?」
「紹介してぇヤツらがいるって、いったんだよ!!」
 最後はヤケクソである。ヤケクソに叫んだ。顔を上げれば、耳の先から首まで先輩が赤くなっていた。向かい風に当てられたのだろうか?
(いや、紹介したいヤツらって?)
 チグハグだ。先輩の言動がチグハグだ。頭が混乱する。けれど、先輩はそれ以上なにもいってくれないし、いう気配もない。
 顔を先輩の背中に戻す。向かい風を先輩の体で防御していると、北関東を示す看板が見えてきた。
(あ、ススキヶ原があるって、聞くヤツ?)
 ぼんやりとそんなことを思い出したら、先輩が高速道路を脇へ曲がった。


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