深刻な話(卒暁後)

「やっぱり、飼うことって難しいですか。猫」
 そう深刻に切り出した文月に、猿投山は茶化して答えることができなかった。──剣の修行をしているだけならば、そう深刻になることはない。だが、ウチはコンニャク製造だ──しかも、食品を扱う。いつ入るかもわからない異物の対象である、猫の毛。この危険性を考えると、一概に飼えるとはいえない。
「お前は飼いたいのかよ」
 一先ず、文月の意見を聞いてみる。ただ、この話を切り出した以上だ。とっくのとうに心は決まっている。
「まぁ、できたらだけど。でも、難しいのはわかってるし」
 つまり『駄目元で』聞いてきたのだ。(それでも俺の意見を聞きたかったのか)その意志を尊重し、慎重に口を開く。
「そりゃぁ、な? だってよ、コロコロの消費量も半端ねぇって聞くじゃねぇか」
「それはそうだけど、こう」
「千芳は飼いたいのか?」
 駄目元で念を押してみる。二度目の正直か、文月は素直に頷いた。コクンと、遠慮がちに顎を引いた。
「飼いたいというか、その」
「おう」
「家族に迎え入れる、っていった方が正しいかもだけど」
(『家族』ねぇ)
 同じ迎え入れるにしても、別の方を求む。意見を曲げる様子のない猿投山に、文月はたじろぐ。どう手を打とうとしても、異物混入の可能性があるものを猿投山は認めようとしない。
「コロコロ」
「駄目だ。使った分だけ消えるだろうが。そんな余裕、ウチにはねぇよ」
「それはそうだけど」
 猫を飼うとなれば、もう少し生活を切り詰めなければならない──それに、保険や病気にかかった際の貯金もある。切り返せない文月は、話を先に延ばす。
「じゃぁ、もし余裕が出たらの話で」
「それも難しいな」
「なんで?」
「だぁから。さっきもいったじゃねぇか。猫の毛が入っちまうって」
「それはそうだけど」
「そもそも」
 一歩も退く様子もない文月に、とうとう猿投山は核心に迫った。
「なぁんで、んな猫飼いてぇって話になったんだ? 猫と触れ合えるだけなら、猫カフェとかで充分じゃねぇか」
「それはそうだけど。その」
「あ? あ、豚や牛の話は別だぞ? ありゃぁ、その場限りの話だからな」
「知ってる。そういうのじゃなくて。猫と一緒に生活したいなぁって」
「俺ぁ、お前と一緒にいるだけで充分だぜ」
「そういうのじゃなくて。あっ、そうか」
 告白にも似た惚気を否定したあとで、一人納得する。ムスッとする猿投山に、文月は自分の見ていたものを見せた。スマホに映し出された記事に、猿投山は目を通す。動画も見た。一通り見て、文月が「猫を飼いたい」と切り出した動機に気付いた。
「あー」
(そりゃ、コイツの性格上。そうといいたくもなるわな)
 寧ろ、我慢した方である。なにせ調べた量も、一朝一夕で集めたものではない。ちゃんと下調べをして、相手を納得させる根拠を用意している。ただ、そうと言い出せなかっただけだ。
 優しさに付け込まれた文月を見る。本人も、今すぐに用意できないということはわかっていた。重々承知している、と顔に出ていた。
「まぁ、他のことならできるぜ? 猫に募金をするとかよ」
「え!?」
「い、きなりそんな顔をするんじゃねぇ!! ビックリしただろうが」
「え、ごめん。え、でもいいの? そんなこと」
「おう。まー、その辺りなら別に? できんだろって感じだしよ。ついでにウチの看板の名も上がるしよ、一石二鳥だろ?」
「うん、ありがとう。渦」
 極限まで店の利益を守りながらも譲渡した猿投山に、文月は顔を緩ませた。猿投山コンニャク本舗の異物混入を防ぎながらも、自分の気持ちを整理させるためにはこれしかない。最大限の譲渡により、文月の落ち込んだ気持ちは回復した。その前途が明るい一方で、猿投山は固まっていた。
(う、ず?)
 もう一度、文月のいったことを反復する。確かに、文月は今、自分のことを下の名前で呼んでいた。
「おい、千芳。今のをもう一回」
「とりあえず、できそうなところを調べておくね」
 敬語は崩れた。しかし下の名前で呼ぶことは今、確認できない。猿投山の手が宙に浮く。行き場を失った手をそのままにして、文月は調べものを始めた。なるべく、行政機関か実績のある方がいい。
「あっ、申請とかどうしよう。お義兄さんに聞いた方がいいのかな? 先輩、どう思います?」
「あ、あぁ」
 思考を回すと、敬語ときたものだ。(それ、どうなったら直るんだよ)法則性が見つからず、複雑な思いを抱く。悩む猿投山とは反対に、着々と文月は計画を立てる。(やはり、猫のマークがあった方がいいのかな)と呑気なことも考えていた。
 パソコンを開く。立ち上げたが、良い案は思い付かない。
「先輩」
「あ?」
「いや、やっぱなんでもない」
(乃音先輩の方が詳しいや。でも、知ってるっけ? 忘れてそう)
 そもそも、本能字学園の上下関係もなくなった。いきなり頼んでも失礼だろう。と思い直し、文月はネットを開いた。カチカチとテンプレートを検索する。その様子を、猿投山は後ろから見ていた。
(なぁに、やってんだ。いったい)
 ずるずると、座りながら文月の肩に顎を乗せる。その重力を感じながら、文月は一つの答えに辿り着いた。
「あ、買えるんだって」
「ふぅん」
「買おう? 先輩」
 嬉しそうにパソコンの画面を指差す。「敬語」と咄嗟に猿投山は思ったが、口には出さず黙る。目尻の垂れる文月の瞳が輝いていることを見たあと「おう」と静かに頷いた。
(『渦と呼んでくれたらな』は、また別の機会にするか)
 珍しく空気を読んだ猿投山は、静かに文月の意志を尊重するのであった。


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