炬燵に蜜柑

 炬燵に蜜柑を堪能していたら、先輩がお風呂から上がる。まだ髪は濡れていて、頭から湯気を出している。「お、炬燵に蜜柑か。いいな、それ。風流じゃねぇの」そういって、反対側に入った。モゾっと、先輩の足が私の足に当たる。
「髪、先に乾かした方がいいですよ」
「細けぇとこは気にすんなって。どうせ、その内乾くってーの」
「風邪、引きますよ」
「お前より頑丈だから心配すんな。自分の心配でもしとけ。なぁ、それ」
 先輩が指差す。ついでに視線も、私の手元を指差した。それは、蜜柑。私が剥いたばかりの蜜柑だ。
 白い筋の固いところは外して、割った一切れを口に運ぶ。蜜柑の瑞々しい甘さを堪能してから、もう一個を先輩に転がした。
 コロコロと、蜜柑がテーブルを転がる。途中で止まったので、もう一度押した。蜜柑は転がる。腑に落ちない先輩の視線を受けながら、蜜柑はゴールを突っ切った。
「どうぞ」
「どーも」
 ちょっと拗ねてるようだ。けれど、炬燵から腕を出す。ちゃんと受け取った。
 炬燵で温まった先輩の両手が、まだ冷える蜜柑の皮を剥く。私の足をギュッと挟む。手持無沙汰に足の裏で太腿とかお尻の周辺も撫でてきた。それを無視して、私も残る手持ちの分を食べる。一切れ、二切れ。先輩の手元には皮が積み上がる。その出てきた生身の一玉を割って、先輩は小さな一口を食べた。もぐもぐと咀嚼する。
「お、美味ぇな。どうしたんだ、これ? 買ったのか?」
「もらった」
 簡潔に伝えると、先輩が黙る。不自然な間だ。口に入れた分を食べ終えると、割った玉を一切れずつ分ける。
「ふぅん。誰からなんだ?」
「ほら。あの、本能字学園の頃に。指導をした」
「あ、あぁ。お前の部下だったヤツね。で、女か?」
「男、ですね。性別でいうなら」
 あ、ますます黙った。さっきの戻った調子とは一転して、暗い。モグモグと無心に蜜柑を食べている。
「ふぅん」
 そう漏らすだけで、『そうか』とも同意を送らない。いったい、どうしたというのだろうか。
「ただの部下ですよ」
「そうかよ」
「男も女も関係ないじゃないですか」
 ──素直に好意を受け取っただけ。お世話になった分の感謝の気持ちだろう──。そう伝えると、ますます先輩の機嫌が悪くなった。多分、ゲージは最底辺まで下がっているだろう。そう思ってると、先輩が最後の一切れを食べ終えた。
「それ。あとどれくらいあるんだよ」
「え?」
「それ。貰ったヤツだよ。蜜柑以外にもあんのか?」
「いえ。ないです。蜜柑一箱、皆からもらいました」
「は?」
「みんな、から。確かに、渡してきた相手は男ですが」
 性別上だと。でも。
「皆で協力して収穫したのらしいです。だから、『男も女も関係ない』と」
「と、いってもなぁ」
 あれ。納得すると思ったら、しなかった。
 蜜柑から顔を上げて、先輩を見る。先輩は、困ったように頭を掻いていた。いや、抱えていた?
「俺は、それだけでも嫌だぜ? 例え一同全員を代表したヤツだとしてもよ」
「そうですか」
「俺だって、それなりに思うところはあるぜ?」
「へぇ」
「なんだって、お前の恋人だしよ」
 直球にハッキリと言い放った言葉に、思わず顔が赤くなった。真っ赤になる。ピシッと石にヒビが入ったみたいに、動けなくなった。心臓もすごく速くなって、喉から飛び出しそうになる。でもそれを悟られたくなくて、絞るような声で「そうですか」と頷く。その蚊の鳴くような消え入る声に、先輩は「そうだぜ」と頷くのであった。
 先輩の足の指が、太ももを抓む。
「お前を、誰にも渡したくないんだしよ」
 そう子どものように拗ねながら、素面でいう一言に、どう返せばいいのかはわからなかった。


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