高価なチョコレート

 高いチョコレート一つ買うにしても、結構勝負が要る。下手に外国産のを買うと、日本人舌だから味が合わないし。国産のを買うとお酒が入ったり、変に大人びたりして、今日の気分とマッチング勝負になる。
 けれども、今回のは当たりのようだ。甘くて、まろやかなカカオの口当たりが喉にも残って、舌にも残る。一口だけでも、充分な満足感だ。
 パキッと一切れをさらに割って、カップに入れる。コトコトと煮込んだミルクも、そこに入れた。
「なにやってんだ?」
 と渦が聞くので、
「ミルク」
 と答えた。そうしたら渦は「ふぅん」と答えたので、クルクルとティースプーンで回した。雑に、クルクルと。高価なチョコレートは、カップの底でもう溶けていた。
「雑だなぁ」
「うん。やってみただけだから」
 話がチグハグだ。噛み合わない。けど会話をすること自体が重要でないから、然程気にしない。渦が肩に顎を乗せる。相変わらず両手はポケットの中で、顎だけを肩に乗せた。まるで猫みたいだな。そう思いつつ、変わるミルクの色を見る。それほど、変わらない。もう一切れの半分の半分を、さらにポキッと折る。
「ココア、の方が早くね?」
「かも。やってみるだけだから」
 もう一度繰り返す。値段と量とを比べると、遥かにココアパウダーを入れた方がマシである。けれども、やってみるだけだ。腰を屈めて私に顎を乗せるだけの、渦の視線を受けながら、ミルクの様子を見る。ほんのりと、ココア色に近付いただけだ。まだ白い。
 見覚えのあるココア色に、近付ける。もう高いチョコレートの一切れは、カップの中に消えた。
(もうそろそろ、いいかも)
 そう思い、クルッとティースプーンを回す。何度入れても、高価なチョコレートはカップの底で消えた。そしてミルクにココア色を足していった。
 近付くココアを一口飲んだら、口に消えたチョコレートを、ミルクで薄めた味がした。つまり、薄い。
 練りに練ってずっと練った結果できあがった極上のまろやかさも、カカオバターの濃いチョコレートの味も、全て全て消えた。ちっぽけな好奇心によって、全て泡となった。ミルクの海に沈む。カップを離すと、渦が不思議そうな目を向けてきた。
「駄目だったのか?」
「ん」
「貸してみろよ」
 そういって手を伸ばすので、カップを渡した。渦が一口飲む。その隙に、真のチョコレートを割った。パキッと一口折る。渦が飲み干したのを見て、折ったチョコレートを渡した。口を開く渦が、指ごとチョコレートを食べる。舌でチョコレートを受け取ったのを見て、手を離した。モグモグと動く。その真のチョコレートを味わったからか、渦はギュッと顔を顰めた。
「あー」
 とも呻く。きっと、私と同じチョコレートの感触を、味わってるに違いない。
「確かに、そうかもな」
「でしょ」
「でも、失敗から得られるものもあるぜ」
 俺みたいにな。といって、チュッと唇にキスをしてきた。もしかして、心眼通? そのことをいっているのだろうか? そう思いながらも、唇に感想を零す。「まるで、子どもをあやすみたいなキスだな」と。けれども、渦は気付かない。ジッと渦の唇を見つめても気付かないので「まるで、子どもをあやすみたいだね」といった。直接いうと、パチッと。瞬きを一つ、渦がした。
「じゃぁ、そうでないキスでもしてみるか?」
「うん」
「チョコレート、食っちまうぞ」
 その指し示す意味と、手元のチョコレート。二つの価値と美味しさを天秤に量ると、とても迷った。あの、全部使うには、勿体ないというか。高いというか。答えに迷う私の口を、渦がジッと見る。私だって、食い気はある。スッと唇を閉じると、置いたチョコレートに目を落とした。
 まだ、三分の二は、残ってる。
「ひ、一口だけなら」
「じゃ、ちまちまとやるか?」
「ん」
「お前も好きだなぁ」
 そう零しながらも、渦は首に手を回したのであった。


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