真夜中の寒さに

「あっ」
 鍋に注ごうとしたミルクが切れた。牛乳二リットルパック。注いだ量は一五〇ミリリットル足らず。欲しい量には届かない。
(どうしよう)
 この時間帯、どこもやってない。開いてるとすればコンビニだ。けれども割高。けれどもミルクを温めたものを、どうしても飲みたい。
 ちょっと調味料を開いて、砂糖の量を見る。足りる。でも製菓用や専用のものでもないので、味は物足りない。今から買いに行ってもな。
(服、着替えるのも怠いし)
 それにさっきのことで怠さが残る。でも飲みたい。喉にしみこむ砂糖と温めた牛乳のギャップを楽しみたい。
(仕方ないから、着替えるか)
 消去法で買いに出かけることを決める。なんか、適当に着込んでおけばいいか。鍋に蓋をして、部屋に戻る。ダッフルコートとモッズコートを考えてたら、渦が起きていた。上半身裸で寒くないんだろうか。人の下着を摘まみ上げながら、マジマジと見ている。
 床に落ちた下着を履く。ズボンを探そうとしたら、渦がポツリと呟いた。
「出掛けるつもりか?」
 かなり寝惚けている。低く掠れた声を聞きながら、黙って頷く。重いスウェットの袖を持ち上げながら、渦の手にあるのに伸ばす。下着を取ろうとしたら、そのまま引き摺り込まれた。
「さびぃだろ」
「ホットミルク、飲みたい」
「さっき飲んだじゃねぇか」
「そっちじゃなくて」
 そういいながらブラジャーを取ろうとしたら、ヒョイッと遠ざかる。
「んなに飲みてぇのかよ」
「睡眠安定剤と導入剤になるから」
「俺がいるだろ」
「そうだけど」
 それとこれとは話が別なのだ。
 渦の体にギュッと押し付けて、遠ざかったブラジャーを取る。スルッと渦の手から取り返すと、下着を着けた。重いスウェットを持ち上げ、袖を抜く。首に渦のスウェットを垂らしながら、ブラジャーを着けた。ホックをしようとしたら、渦の手が伸びる。左右の端を掴み、中央に寄せる。それを察して離した。代わりに脇や胸下から肉を寄せる。
「それ、着たままでいるのか?」
「んー」
 まぁ、と重い瞼を持ち上げながらいう。すると渦が「そっか」と後ろから返した。
「どこに行くつもりだったんだ?」
「コンビニ」
「この時間帯にか」
「まぁ。そこしかやってないから」
 牛乳。とボヤくとパチンとブラジャーが留まった。ホックの位置を手探りで確認し、もう一度胸の肉を確認する。どうにも、収まりが悪い。
「支えてやろうか?」
「セクハラはやめて」
 いや、同意の上だから別にセクハラではないけど。でも、今はそういうのをするつもりはない。後ろから下着ごと胸を包む渦の手を受けながら思う。黙って手にかける。指に力を入れると、渦は手を下ろした。
「我慢できねぇのか?」
「飲みたいのは、飲みたいから」
「ふぅん」
 髪を持ち上げられて、項にキスを落とされる。髪の付け根に落とされたものだから、多分見られないと思う。頸骨越しに、強い圧迫を感じた。
「じゃぁ、俺も行くかね」
「なんで?」
「肉まん食いたくなった」
(コンニャクじゃないんだ)
 そう思いながら、二つ目のキスマークを感じる。そこは、マフラーで隠せばワンチャン行けるだろう。もしくはモッズコートのふわふわの部分でも可能。そんなことを思ってたら、離れた。渦の体温が遠のく。
 後ろでベッドから降りると、全裸の渦が下着を手にした。さっきまで履いてたヤツだ。そのボクサーパンツを履き終えると、同じく落としたスウェットの下を履く。それで上半身だけ裸になったら、素肌のままモッズコートを羽織った。
(着ようと思ったのに)
 そのまま前を上まで締める。
「ほら、お前も用意しろって」
「うん」
 箪笥から揃いのスウェットの下を出され、それを受け取る。肌寒い足をそれで覆うと、オーバーサイズのスウェットでも着れるのを探す。やはり、ダッフルコートしかない。モコモコのコートを洋服ダンスから出して、前を留める。長いボタンを紐に懸け終えると、マフラーを出す。
「寒くないの?」
「これも特訓の一つでぇい」
 そう渦は返したけど、後ろでクシャミを一つした。やっぱり痩せ我慢をしてると思う。
「上になにか着たら?」
「風邪引く前に帰りゃぁ、なんとかなるだろ」
 コンビニん中温かいだろうし。と渦はいう。極論じゃないだろうか。
「せめて、シャツを羽織った方が良いと思う」
「鍛えてるから平気だぞ」
 筋肉を過信しすぎてると思う。そう思いながらマフラーを巻き終える。靴は、適当でいいや。
 財布を取ろうとしたら、渦が止める。
「これで足りるだろ」
 そういって見せてきたのが、交通系ICカードだ。
「そう、だけど。でも」
「足りるって」
 ポンポンと手で頭を撫でられる。先にチャージしておいたんだろうか? そう思いながら消えるICカードを見ていたら、渦が手を差し出してくる。
「ん」
 そのまま言い出したので、手を重ねた。
「ん?」
「ほら、行くぞ」
 ポケットに吸い込まれる。ICカードを指先に感じる。渦はポケットの中で暖を取るつもりなのだろうか。
「寒くない? 手のひらだけって」
「寒く感じる前に帰りゃぁ大丈夫だろ」
 ほら行くぞ、って渦がもう一度いう。そうやって私を急かすけど、このままだと靴が履きにくいこと、気付いているんだろうか? そう思いながら、渦に手を繋がれたまま玄関に向かった。
 渦が先に靴を履く。予想通り、私は少し手間取った。
(どうしよう)
 爪先だけ入って、踵が上がらない。そう思いながら解決策を考えてたら、渦がしゃがんだ。自分の手で、靴ベラの代わりをする。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
 そう簡潔にいうと、靴箱の上に置いた合鍵を手にした。ドアを開けて外に出る。びゅうっと冬の寒風が襲ってきた。
「さぶっ」
 思わず体を縮こまらせる。渦はガチャっと合鍵で玄関を締め終えると、それをもう一方のポケットに入れた。
「さびぃなぁ」
「ん」
「爪先が」
「それは、つっかけだからだと思う」
 丸裸の爪先を見ながら思う。渦はかじかむ足を気にせず「そっか」と返した。
「まぁ、寒くなる前に帰りゃぁ無事だろ」
「それ、さっきもいった。コンビニ」
「徒歩十分内にあるからなぁ」
 さっさと行くぞ。と鼻を鳴らした渦がいった。
(やっぱり、寒いんじゃないか)
 そう思いながら、歩く。ギュッと渦の手を握り返す。せめてもの温もりを与えようとして力を込めると、渦がポケットの中で握り返した。
「さびぃなぁ」
「そうだね」
 ズビッと鼻を鳴らしては震える。寒さに痩せ我慢をする渦の肩を見ながら、私はコンビニへと進んだのであった。


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