冬のリップクリーム

 この時期になると、唇が剥けやすい。罅が入って、ちょっと沁みることもある。リップクリームを取り出して、唇に付ける。ん、と上唇と下唇を合わせると、ちょっとマシになった。
「いて」
 先輩の方を見ると、同じように唇が切れていた。でも女と男とで意識が違うからか、先輩は切れた理由に思い当たらない。自分の唇を触って、不思議そうに手を見ている。
(血、出てる)
 そこまで放置してたのか。そう思いながら、先輩にリップクリームを渡す。
「はい、どうぞ。使います?」
「え」
「リップクリーム。唇が切れるの、マシになりますよ?」
 一応薬用成分も入ってるし、大丈夫だと思う。そう伝えると、先輩は困惑しながらも受け取った。キュッと下のネジを回しながら、リップを出したり仕舞ったりしている。それをジッと見たあと、徐に顔を赤くした。なにそれ。そう思いながら先輩の様子を見るものの、それで固まっただけだ。
(どうするんだろう)
 とりあえず、リップクリームは早めに戻してもらいたい。片付けたいのだ。仕方なく、次に使おうとしたリップクリームを取り出す。新品の封を開き、平たいリップ面を唇に塗る。それを心持ち厚めに塗ったあと、先輩の襟元を掴んだ。
「うわ」
 引っ張ると、簡単に先輩のバランスが崩れる。こちらに崩れるのは有難い。驚く先輩の意識が戻る前に、唇を合わせた。目を瞑って、唇に神経を集中する。多分、咄嗟にしてはちゃんと唇に当たったと思う。「あ」と小さく声を漏らした先輩の唇に、自分の上唇と下唇を擦り合わせる。続けて、下唇も同じようにする。厚めに塗ったから、多分、二回分に足りたはずだ。
 ボケッとする先輩から顔を離す。こちらへ前屈みになった状態なので、襟元を離す。でも、先輩は戻らない。ボーッと意識を飛ばしている。
(とりあえず、どうしよう)
 固まる先輩の前でリップクリームを片付け、いや。ちょうどいいからもう一回塗っておこう。先輩の顔を手で支えながら、先輩の唇にリップクリームを塗ってあげた。
「これで、大丈夫かと。どうせならあげます」
 だから返してね。と先輩の手から私のリップクリームを渡す。代わりに新品ほぼ同然だったリップクリームを、先輩の手に握らせた。その感触に、先輩の目が私から自分の手に移る。そして握った自分の手を見たあと「あぁ」と頷いた。
「とりあえず、うん。戻ったら仕事に戻ってね」
 それだけを伝えて、仕事に戻った。


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