閉店間際の

 ポンと店に煙草が置かれていた。クシャクシャだ。透明な包装紙に包まれており、封は開いている。パッケージを見れば、コンビニでよく見かけるヤツだ。
「あ、千芳」
「先輩。これ」
「さっき北関東番長連合のヤツが来てただろ? ソイツの忘れ物だ」
「ふぅん」
「触るなよ」
 そういって先輩が奪う。煙草は高い棚の上に移ってしまった。
「吸わないんですか?」
「吸わねぇよ。体にわりぃし」
「ツッパリの象徴なのに?」
「とりあえず、俺の時代には禁止したんだ。成人してからは知らねぇけどな」
 といって、ショーケースからコンニャクを取り出す。ちょっと横に動いて、先輩の自由を確保する。コンニャクの消費期限は切れてしまった。
「一日一枚、板コンニャク」
「調理すりゃいけるだろ」
「うん、まぁ。そうなんだけど」
「んだよ」
「いや、それを調理して惣菜にして出せればいいのになぁ」
 と思って、といおうとした言葉が途切れる。だって、先輩が目を大きく見開いているからだ。キョトンとした目をしている。ポカンと口を開いて固まってると思いきや、ワナワナと震え始めた。先輩の手が、小刻みに揺れている。
「抜かった!!」
「気付かなかったんですね」
 その場で膝を突いて崩れ落ちた先輩に、そう声をかけた。けど崩れ落ちる前にコンニャクを安全地帯に避難させたこと、素直に評価できるような気がする。
 ショーケースの上にあるコンニャクを見てから、先輩に視線を合わせた。
「まぁ、前々から思ってたんですが」
「思ってたのかよ」
 項垂れる先輩の声は弱々しい。
「だって、生のコンニャクを売ることばかりに拘ってるようでしたから」
「当たり前だろ。コンニャクのプリップリとした食感を新鮮に味わうためには、生で売った方が手っ取り早ぇんだ」
「うん、それはわかるけど」
 でもスーパーに卸す分では足りないと思う。
「ウチはコンニャクのみを扱ってるんですから、ちゃんと手っ取り早くコンニャクを食べてもらう工夫をした方がいいですよ」
「してるだろっ! こう、一口大のコンニャクにしたり、注文に応じてコンニャクを切り分けたりとかよ!!」
「うん、コンニャクの量り売りも良いと思いますが。でも、世間はすぐに食べたいものだと思いますよ」
 だからコンビニという便利な存在もありますし。そう持論を淡々と述べると、先輩が泣きそうな顔になった。というか半泣き。
「だから、消費期限一日前のコンニャクで、惣菜を作って売りに出しましょう? 捨てるよりマシですし。タイムセールで赤シール貼れば、消費者の心もゲットですよ!」
「そうかぁ?」
「そうですよ」
「俺ぁ、出来立てホヤホヤピッチピチの、コンニャクの方が美味いと思うんだがなぁ」
「それは先輩の意見です。世間はそうと問屋が卸してくれんのです。というわけで、お惣菜を考えましょうね」
「チッ」
「材料費と光熱費とあと賃金その他諸々と、結構カツカツなんですから。それとも、本舗の方から支援求めます?」
「ふざけんな。こっちはこっちでやるって決めただろ」
「支店を任されたような形ですもんね。じゃぁ、こっちでやるしかないですね」
「おう」
「お惣菜」
「ぐっ」
「選択はないですよ。このまま沈むかオールに賭けるかです」
 ピッと天井を指差すと、先輩もその上を見た。そして視線をコンニャクへ投げる。ショーケースの上に置いたコンニャクに注がれていた。外気に触れているから、コンニャクは固まりそうだ。先輩が、悲しそうに溜息を吐く。
「わぁったよ、くそ」
「先輩の舌も満足させるということは、きっと美味しいコンニャク料理ってことですから。一緒に研究しましょうね」
「おう」
「でも開発は難しいから、とりあえず既存のレシピで、うん。新しくお店を始めたということで、大目に見てもらえるでしょう」
「おう」
 ポンポンと先輩の背中を叩く。けれども尖った先輩の唇は直らない。拗ねたままだ。一歩前に出て、先輩の顔を覗きこむ。
(『拗ねてます?』じゃ駄目だし)
 先輩はそっぽを向いている。
「駄目です?」
「駄目、じゃないけどよ」
「じゃぁ、今日から練習ですね。さ、さっさとお店閉めましょう? コンニャク料理を作る必要があるんですから」
 店仕舞いも渋る先輩の腕をぐいぐいと引っ張る。けどどんなに工房へ連れ込もうとしても駄目だ。動かない。ピクリとも足を動かない。ジッと床を見ていた先輩が、少し顔を上げる。それで空いた陳列棚を見たあと、私の肩を見た。肩越しに、なにか見てる。
「それなら、まぁ」
「食べましょうね。コンニャク」
 先輩が板コンニャク一枚のルールを破ってしまうほど、コンニャクに耐性があるのなら楽になるんだが。動く先輩の腕を脇に抱えて、工房に入る。とりあえず調理台とか床とか、掃除しなくちゃ。
「お前が、作るんだよな?」
「まぁ。手が空いてるとしたら私ですし。コツさえ掴めば」
「そうか」
「えぇ」
「お前の作ったモン、誰にも渡したくねぇんだが」
「え?」
 聞き返すと、先輩がムスッとした。そうはいったって、機械も導入できないし。そうなったら私が作るしかないじゃないか。人手もないんし。それに、先輩はコンニャクを作る方に集中した方がいい。きっと、先輩もそう望むはずだ。
(なのに、その上で『渡したくない』とは?)
 ちょっと意味がわからない。ポカンと先輩を見ていたら、ギュギュッと先輩の眉間に皺が寄った。そして難しい顔をしてブンブンと頭を振ったあと、はぁと大きく溜息を吐いた。
「気にすんな。ただの独り言だ」
「はぁ」
「まぁ、俺が全部食べりゃぁいいだけの話だしな、うん」
「駄目ですよ? ちゃんと店に並べるんですから」
「試作品の話だよ」
「試作品。それも駄目ですよ」
「俺の為に作ってくれるんだろ? その出す前のヤツってのを」
 グッと自信たっぷりに先輩が顔を近付ける。拗ねたり自信を持ったりと、本当忙しいな。この人。けど元気が出てくれただけで結構だ。
「えぇ、そうですね」
 とりあえずそう返しておこう。そうしたら途端に先輩が元気になったけど、まぁ、それはそういうことで置いておこう。
 そんなことを思いながら、私もモップを手に取ったのであった。


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