コンニャク問答 ‐ 敗北(卒暁後)

「先輩。今日のところはもう、店仕舞いした方がいいんじゃないんですか?」
「いいや、まだだ」
「でも。急に天候悪くなったし。書き入れ時には台風くるって」
「いいや、まだだ! きっと、ギリギリまでコンニャクを買いにくるお客さんがいるはずだ!!」
「いるかもしれないけど、それにしたって」
 全国ニュースで徹底的に避難を呼びかけてる地域もあるのに? そういうと、先輩はウグッと黙った。
「群馬では土砂災害、神奈川では津波や洪水注意報。あ、洪水はどこの地域でも同じでしたね」
「ぐぐっ」
「きっと今夜の御夕飯所ではないですよ。どこもかしこ避難の準備か帰宅疲れで」
「駆け込みセーフだよぉ!! まだやってる、まだやってる!」
「あっ」
「ほら見ろ、来たじゃねぇか!!」
「邪魔するぜ」
「纏、貴様ぁ!!」
「だぁ、うるせぇ! お前は静かにするということができねぇのかよ!?」
「先輩、そろそろ諦めたらいいのに。大人の余裕を見せたら?」
「うぐっ。そうはいったってなぁ、きっと台風警報も出たのも、コイツのせいだ!!」
「どうしてアタシのせいになるんだよ!? そこまで大人げなかったのか、猿投山!」
「意外! 流子ちゃんより一個年上なのに、すぐ人のせいにするんですか!? 先輩、大人の余裕ってのを見せた方がいいですよ! 今すぐに!!」
「ぬおぉぉ、い、一度にいうんじゃねぇ」
「中々狭い室内ですからね。よく声が響く響く」
 耳を押さえて蹲る先輩を他所に、流子ちゃんやマコちゃんのメニューを聞く。
「それで、今日はなにを?」
「お前、よくアイツと一緒にいられるな? 暑くね?」
「暑いよ。それで、今夜は? コンニャク鍋?」
「違うよ!」
「何気に大量消費を勧めてくるなぁ。わりぃが、それのみはまだ」
「無理! そういえばね、最近コンビニでタピオカを見かけたよ! タピオカ、タピオカ!」
「うん、タピオカね」
「コンビニのタピオカか! いいところに気付いたな、満艦飾!! なにを隠そう、コンビニのタピオカにはコンニャクの成分が入ってるんだぜ。理由は簡単、身崩れするタピオカを長期間形を保つためだ!」
「うえ、マジかよ。もう二度と買わねぇ」
「なにぃ!?」
「どうして流子ちゃん、そんなに嫌いなんだろう」
「さぁ? なんかガッツが大きくなってから、あんな調子だよ?」
 よくわかんない! というマコちゃんに、私もよくわかんない。というかガッツが大きくなった、って。恐らくはあの犬のことだろう。けどマコちゃんの話を思い返せば、そんなに大きくなった覚えはない。
(恐らく、あの事件のことだろう)
 確か、闇鍋でコンニャク鍋でミノムシの生命戦維の騒動があって、そのときに犬が巨大化したヤツ。そのとき纏こと流子ちゃんがその犬の口の中に入ったんだけど、まさか。
(まさか)
 犬は無事。腹部に縫合の痕もなし。急激に犬は縮んでいった。導かれることは一つ。
 先輩にコンニャク問答とコンニャクの素晴らしさを口説かれて、げんなりしている流子ちゃんを見る。
(最早、コンニャク自体に嫌な思い出が詰まってるのでは)
 そうだとしたら、いや。そもそもそれ自体が女の子にとって非常に嫌な思い出でしかない。
 そっと、先輩の肩に手を押して距離を取る。
「な、なんだよ」
「先輩。人には人の、触れられたくないところもあるんですよ。そっとしておきましょう」
「はぁ? このデリカシーのデの字もないような女にか? んなのあるわけねぇだろ」
「あぁ!? デリカシーのデの字もないような無遠慮の塊のコンニャク男にはいわれたかぁねぇな!!」
「あぁ!? コンニャクを馬鹿にしただろ、貴様ッ!!」
「あぁ、馬鹿にしたともさ! そもそもコンニャクっつーてもなんの味もしねぇだろうが!」
「違うよ、流子ちゃん!! コンニャクにはね、貧乏人に優しい値段とお腹の膨れる優しさが詰まってるんだよ!?」
「違うよ。正確にいえば満腹感だけを与えて、人に対する栄養はほぼない。コンニャクのみを摂取したら確実に餓死するといわれている」
「文月、きっさまぁああ!!」
「ほら見ろ! やっぱりコンニャクに百害ありじゃねぇか!! クソッ、嫌なことを思い出してきた!」
「泣かないで、流子ちゃん!!」
「言え、文月! どうして纏の肩を持った!? 言えっ!!」
「だって。事実は事実として受け止めないと」
「こんちくしょぉ!!」
「これは! 喧嘩両成敗ってヤツだね!? 流子ちゃん、これ、持ってっていいかなぁ?」
「流石に無断では不味いだろ。おい、千芳。これ、いったいいくらだ?」
「あ、刺身コンニャク? それなら三〇〇円だよ。でも調味料付いてないよ?」
「大丈夫! しゃぶしゃぶのお肉の代わりにして食べるから!!」
「へぇ、なるほど。そんな食感も楽しめるんだ」
「満艦飾家だけだと思うけどよ。おら、猿投山。いい加減泣きやめ」
「う、うるぜぇ。泣いて許しを乞うてもなます切りにして利根川にばらまいてやる」
「こわっ! コイツ、一息で言い切りやがった。しかも泣いてるのはそっちの方だろ」
「本当だ! ズビズビいってる!!」
「ごめん。なんか流子ちゃんと話すときだけこうなって」
「うん。お前が正論言い放って猿投山を窮地に突き落としてるからな? それもあるんじゃね?」
「大切な人に裏切られるのはとても辛いことだもんね、流子ちゃん」
「まぁ、マコに裏切られたらショックで寝込むわ。私の場合だと」
「そっか。それは結構、くるね」
「なぁ、千芳。それ、猿投山にも同じことしてるっつー自覚ある?」
「え?」
「な、なんか。猿投山の方が不憫に見えてきたぞ」
「気付いてないって怖い! 恋は台風みたいって本当なんだね!? こうビューンと嵐がきたかと思うと心に深い傷を残して、去って行っちゃうんだから!! 本当、台風ってヤツは大災害だよ!」
「うん。それはマコ、失恋ってヤツだな」
「先輩、失恋したの?」
「じでねぇ!!」
 先輩、鼻声じゃん。道理ですごく肩が濡れてると思った。
 項垂れる先輩を肩に凭れかからせたまま、会計を終わらせる。この時間帯の売上は三〇〇円。やはり台風が近付く時間帯だと、閉めて帰る準備をした方がよかったのでは? そう思いながら、レジを片付ける。「よくその状態でできたな。レジ」「慣れてるから」「な、慣れてんのか」「猿投山先輩、よくそうなるの?」「家の中だと」そう零してしまえば、ピクッと先輩の肩が跳ねた。
「猿投山、お前」
「オンとオフの切り替え、大事!」
「ですって。先輩、真っ赤ですよ」
「黙れ」
 小さな声で低めに脅されると、ギュッと背中を掴む手が強まった。それを気にせず、流子ちゃんたちを見送る。「とりあえず、大事にしてやれよ」「クールあんどダウン!」そんな言葉をもらいながら、不穏な雲行きの下を走る二人を見送った。
「で、聞いてました? 先輩。クールアンドダウンですって」
「うるぜぇ。今日は帰らねぇぞ」
「帰りますよ」
 とりあえず先輩は再起不能の状態に近いから、油性マジックで張り紙書いておこう。それで明日の朝早くの天気予報を見てから決めよう。そう思いながら、先輩を引き摺って店仕舞いの準備を始めた。


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