じゃがいもを蒸す

 透明な蓋を使っても、中からの蒸気で様子を伺うことはまったくできない。
「コンニャクか?」
「じゃがいも」
 後ろから様子を聞きに来た渦に応える。ホカホカに蒸して皮のペロッと剥がれたじゃがいもの切れ目に、ポトリとバターを落として蕩ける様子も味わいたいのだ。って、下手したらコンニャクっていいそう。どっちも原料は芋科だし。
「正確にいやぁ、地下茎だけだ」
 そうしたら渦が横から説明を挟んだ。
「エスパー?」
「口から出てたぞ」
「そう」
 なの、と口の奥で消える。うっかりしていた。ゆるゆるに気が抜けていたことに、今更ながら気付く。
「そっか」
「おう。ついでにコンニャクが球茎で、同じ球茎がタロイモ類のサトイモだって話らしいぞ。これ、豆知識な」
「うん」
 コンニャク屋とコンニャクのセールストークに使える以外、なんの役にも立たないな。そう思いながらも、少し蓋を開けてみる。
「できたのか?」
 水道水の蛇口を捻りながら、渦がいう。
「様子を見てから」
 そう返しつつ、竹串を取り出す。プスリと刺してみると、まだ固さがある。
「残念」
「一旦レンジで温めてからの方がいいんじゃねぇの?」
「もうやった」
 軽く電子レンジで温めてから、火の通りを短縮する。現代の技術ならではの短縮ワザはもうやった。
「そうか」
「うん」
 ゴクッと水道水を飲む音が聞こえる。
「なにか味付けはしたのか?」
「まだ。けど、塩とバターで味付けるのは決まってる」
「ふぅん」
「胡椒はないけどね」
「そっか」
「チーズも欲しくなっちゃうし」
 そう返すと、沈黙が返った。なんというか、間。チラリと渦の様子を見ると、なにか考えているのらしい。顎に手を当てて、ジッと上を見ている。思考を回すというよりかは、記憶を辿っているといった方が正しい、かもしれない。
「あっ。ジャーマンポテトの話か!?」
「うん、それもいいかもしれない」
 チーズも垂らして、ベーコンも加えて。それにピザも追加で。そう話すと、渦の顔が綻んだ。
「おう! それもいいかもしれねぇな」
「大人数で食べるのもいいし。今度、呼びます?」
 ピザも大盛りでジャーマンポテトも大盛り。うん、これでコーラとかがあればアメリカ式のパーティはできそうだ。騒ぐ材料はどこにあるかは知らないが。そう思いながら悩んでいると、ポツリと俯いた渦が呟く。
「いや、アイツらを呼ぶのもいいけどよ」
「はい」
「俺は」
 ポリポリと渦は頬を掻く。いったい、どうしたんだろうか? そして気になってじゃがいもの蒸し具合を見る。
 パカッと蓋を開けると、ムワッと蒸気が顔を覆った。
「お前と、二人きりの方がいいんだが」
 カチッと火を止めた音に重なって聞こえたそれに、ボッと顔に熱が集まった。蒸気の中で固まる。モクモクと白い湯気が換気扇に吸い込まれると、鍋の底が見えていた。
「そ、そうですか」
 渦と同じように、段々と声が小さくなる。最後は蚊の鳴くような声だった。そう自省しながらうぅうぅと唸る私に対して、渦が「おう」と力強く返す。そんな照れ臭さと胸のこそばさが同居する世界で、ジャガイモはふっくらと蒸し上がっていたのであった。


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