紬は突然こっちに来る

 ケトルがピーっと鳴る。土台から外し、カップに注ぐ。インスタントの珈琲が膨らみ、フィルター越しにポタポタと珈琲が落ちた。最後の一滴が落ちる前に、フィルターを取り除き、インスタントの珈琲ごと捨てた。
 出来上がった珈琲を、テーブルに置く。
「はい、どうぞ。どうせ来るなら、来る前に一言ほしかったけど」
「二つ、良いことを教えてやろう」
「はぁ」
「一つ、お前の帰宅時間は把握している」
「はぁー」
「二つ、お前の生活リズムも把握している」
「ちょっと待て。どういうこと?」
 寸前に我に返り、紬に尋ねてみるが、なにも応えない。ズッと無言で淹れた珈琲を飲むだけだ。生返事をした私も注意力が足りないといえばそうかもしれないが、だからといってこの対応はあんまりじゃないか?
 グビッと珈琲を飲む。一気にカフェインと苦味を取るのは不味い。ちょっと頭がクラッときて、気分が少しだけ悪くなった。
「阿呆」
「うっ」
「俺に合わせて飲まなくてもいいだろう」
「だって」
 紬が飲み続けるのを見て思う。
「折角久々に会ったんだから、同じものを飲みたいって思うものじゃない?」
 とそう思っていたが、まさか口に出ていたとは。硬直した紬を見て気付く。カッと目を見開いて、沈黙を貫いている。「その」と口に出したい。けど、寸前のところで堪える。紬の耳が、微かに赤くなっていたのだ。
(わぁ)
 滅多に動揺しない男が動揺する瞬間を見つけてしまい、こちらも動揺してしまう。緊張する。少しだけ珈琲を飲んだら、カップが空になっていた。
(どうしよう……)
 迷っていたら、トンとカップが置かれる音がした。
「なぁ」
「はっ」
「おかわり、あるか?」
「あ、うん。あるよ」
 紬から差し出されたカップを受け取り、台所へ戻る。ついでに持った自分のカップも洗い、温め直した。
 ケトルのお湯が切れる。
(あ、沸かさなきゃ)
 そう思うと同時に、今度はいつまで紬はこっちにいるんだろうか、と思った。


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