先輩とゲーセン

“Game Over.”
 箱型の画面にそう出現した文字に、猿投山は発狂した。
「だぁ! クソッ!!」
「へへーん、アタシの勝ちのようだなぁ? 猿投山」
「まだだ……! まだこの勝負、続いてはいるぞ!! 纏!」
「あっ! てめっ!! なにもうワンコイン入れてんだ!?」
 驚く纏を余所に、猿投山は五百円玉を箱型に入れた。箱型の画面が次のステージを選ばせる。それを、文月と満艦飾の二人は見ていた。
(熱狂しているなぁ)
 と文月は思いながら、預かった上着を着込む。満艦飾は満艦飾で、律儀に纏から預かった上着を腕にかけて観戦をしていた。
「ふぁあ、またコンボを繋いでるよ! いけいけ、流子ちゃん!!」
「わあ、すご」
「そういえば千芳ちゃんはやらないの? これ。後で一緒にやろうよ!」
「うーん、こういうの苦手だから……。相手が人だったら、どうにかそれに合わせてはできるけど」
「ならなら、私と一緒にやろうよ! こういうの得意だよぉ、私!」
「そう? なら教えてもらおうかな」
「え? 教える? なにそれ」
「えっ。今のだと、教えてくれるんじゃ」
「えっ?」
 えっ? と二人の話が噛み合わなくなる。
 太鼓をバチで叩くふりをした満艦飾と、踊るゲームの画面から視線を満艦飾へ移した文月は、目をパチクリとした。
 その前方でゲームの勝利に燃える纏と猿投山──だが、猿投山の様子が可笑しい。
 最高と表示されるコンボを叩き出すものの、後ろに気を取られてリズムを掠ってしまう。それに纏は好機を見出し、すぐに最高のコンボを弾き出した。
「あっ! 流子ちゃんの方が猿投山先輩より勝ってる!!」
「なにぃ!?」
「あ、ほんとだ。すごーい」
「へへーん。アタシの方が一枚上手だってこったな! 一昨日きやがれってんだ!!」
「クソッ! これで負けるような俺ではない!!」
「わぁ。がんばれー」
 隙間風に上着の前を寄せる文月の声援に、猿投山の火が付く。例えその声色に気だるげさがあったとしても、さっきからずっと別に気を取られていたことに比べれば、遥かにマシである。
 猿投山は本気を出した。あらゆる事象の速さを追う天眼通を持ってして、開いた差を埋めようとした。
 だが、リアルはそう簡単ではない。
 文月の気だるげな声援も空しく、あと一歩のところで猿投山は敗れてしまった。
 崩れ落ちた猿投山は、床に拳を叩き付けた。
「チクショウ! もう少し……クソッ! 俺の弱さが招いた結果か……!!」
「フンッ、油断大敵だぜ? 猿投山、もう少し修行してから出直すんだな」
「すごい、すごい! 流子ちゃん!! 猿投山先輩に勝っちゃったー!!」
「でも、この一位を取るスコアって、どう取るんだろうね」
 すでに注意が別に逸れた文月は勝者への賞賛を忘れている。
 それに少しホッとしてしまうものの、猿投山はどこか腑に落ちない。
(ハッ! あのスコアを抜かせば、千芳はもう少し俺のことを見てくれるのでは……!?)
 単純明快な猿投山は、即座にそう思う。しかし文月の意識は別に逸れてしまった。
「そういえば、このあとどうするの? 二人とも、先輩に引き留められてゲームしたようなもんだし……」
「あぁ、後でたこ焼き食って帰るわ」
「あそこのたこ焼き屋さん、美味しんだよー!」
「千芳も来るか?」
「んん、先に約束があるから。ごめん」
「そっか」
 残念だな、と口惜しそうに纏は零す。それに、猿投山の気力が少しだけ回復した。
 文月は二人と別れを告げたあと、まだ床に膝を着く猿投山に近付く。そして膝を曲げてなるべく猿投山と視線を合わせたあと、いった。
「どうします? また、ゲームします? 今度はレーシングがしたいです」
「……俺が勝っても、文句をいうなよ?」
「負けません。と、返します?」
 ニッコリと本気宣言をした文月に落ち込んだ気分が回復しながら、その問いに猿投山は答える。
「いや、いい」
 自身の敗因となった文月が自分の上着を着ている条件を元に、また新しい勝負へと乗り出したのだった。


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