■ 巫女さんと虹村くんと猿の夢 弐

___ねー、知ってる?ほら、あの怖い話系の。猿が出てくる夢のやつ。
__あー、知ってる。あれでしょ、『猿夢』。あれちょー怖いよねー。こないだ雑誌に載ってたー。
__そーそー。マジ怖いんだけどー。あたし、もしあの夢みても絶対に列車乗らないって決めてんの。
__うけるー、さすがにそこまで意気込んではないわー。でも夢でもあんなの乗るやついたら、逆に惚れるわー。

__(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)。
__(笑)(笑)(笑)(笑)(笑)。

「……………(驚)!」


夕焼けに染まる渡り廊下。チアガールたちの談笑を、不良がこっそり聞いていた。
__がたん、ごとん。悪夢のはじまり、はじまり。白線の内側までお下がりください。


「無理無理無理無理」

一本もボーダーが引かれていない教科書、ほぼ白紙に近いノート、さっき初めて使用したばかりの参考書。翼を広げ宙を舞い、嫌な音を立てて床に落ちた。勉強を始めて40分、真夏の夜の虹村邸の一室にて、億泰は日本の歴史に敗北していた。

「あ〜、も〜、ぜってー無理だ……」
思い描いていた、まだ見ぬ身の程を知らない甘い夏へのビジョンが走馬灯のように頭によぎる。まずい、終わる。まだ始まってもいないのに、俺の夏が終わってしまう! 焦るものの、頭は文房具の散らばった机に突っ伏し、手は虚無に放り出したままだ。
ちらり、宙を舞い、地に落ちたノートと目が合う。白い。だめだ、現実から目を背けては、夏が、俺の夏が!現実をしかと見ろ!_うん、白い。見るに、絶えない。

「あああああああああああ」
午前2時45分。自分の勉強時間よりも時計の針が3倍以上回ってしまった。正確な時刻を頭が認識してしまい、急激な睡魔が億泰を襲う、睡眠の魔物と書いて、睡魔。人類は未だにこいつに勝利を収めた日はない。

問〕虹村億泰がこれから行うべき事柄を、以下から選びなさい。
@ ヤベェよ、これはマジでヤバイ。寝てる場合じゃねぇ〜!死ぬ気で頑張れ!俺ならできるって!
A はぁ?無茶言うなって、だって俺だぜ?無理無理無理。もう諦めて、寝る。

迷うまでもなかった、お疲れ俺、おやすみ、俺。


__がたん、ごとん。

「………………あれぇ?」


なんで俺、駅にいるんだっけ?


__ガタン、ゴトン。


確か、家で、俺、勉強してて。


__ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。


でもって、寝ちまって、それから、えっと。


__ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン!!


ああ、そっか、だったらここは、

《電車が到着いたします、その電車に乗ると、怖い目にあいますよー》


擦れた機械音のアナウンス。目の前に、不気味なオブジェ。猿の電車が止まっていた。

遊園地で見るような。おもちゃのような、電車。安っぽくて、カラフルで、そこには子供ではなく、顔色の悪い数名の大人が座っていて、電車をより不気味なものにしていた。


「なんだ、夢か」


ああ、夢だ。俺は夢を見ている。目の前に不気味な猿の電車がある、夢を見てる。
確か、昼にチア部の女子が喋ってた、きっとそうだ、これだ。

ぼんやりと、そんなことを思った。電車の安っぽい赤いシートに座りながら。

《電車が発車いたします、くれぐれも、ご注意ください》


__ぎりぎり、ぎこぎこ、ウキャキャ。

「ああああああああああああ!!!!!!!!」


なんだ、なんなんだよ。


__ばきばき、じゃきじゃき、ウキャキャ。

「ぎゃぁぁぁぁ!!!!いだぁいぃぃいい!!!あ’’ぁぁぁぁあ!!!!!」


__ぼりぼり、ばくばく、ウキャキャキャキャ!!!

「うぎゃがぁああああああ!!!!だずげでぇぇぇぇ!!あああああああ!!!!」


なに、何が、起こって、


「う、あああ、あ、」


やっとひねり出した声は、他の乗客の断末魔に遮られた。


地獄絵図。猿が、人を、切って刻んで締めて炙って焼いて弾いて削って引いて引き裂いて絞って抉って掘って裂いて刺して割って折って曲げてちぎってくりぬいてなめてはんでたべてころしてる。


目の前にあった人型が、消えた。否、少しずつ、削られ、食べられて、今視界から消え失せた。
障害物が消え、鮮やかな地獄が視界いっぱいに、広がった。奴らが、みんなが、こっちを見ている、とてもとても、無機物な瞳で。あ、目の前に猿。首を、掴まれた。

あああああああああああああああ!!!!!!!!

「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きて起きてくだざぃぃぃ!!!!」



「………起きたっ!!!!」

思わず口に出してしまった。シミのついた天井、この前ジュースをこぼしたベッド、汗でべっとりした枕、全部汚れてる、俺の部屋だ。

「なんだったんだよ、あれ……」

夢、夢だったんだよな、夢……。でも、あの音は、匂いは、あふれかえった血と肉は、あの、猿たちは、


《あれぇ、逃げちゃったんですかぁー?》


夢、じゃ、


《次はないですからねぇー》


__ガタンゴトン。


夢だけど、夢じゃ、なかった。
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