■ 巫女さんと虹村くんと猿の夢 壱

「夢だけど、夢じゃなかった」 今の俺にとってこれほど怖い言葉はねぇ。
ああああ。誰か、誰か、誰か、誰か、

チンチンチーン。ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン_。今夜も列車の音がする。悪夢の列車の音がする。

誰か、誰か、誰か、だれか、俺を、

「だずげでぐれ゛ぇぇぇぇ!!!!」


夏の名物にしてボス。学生の敵、期末テストがやってくる。慈悲なく、容赦無く。ぶどうヶ丘高校の生徒は、その差し迫る脅威と夏の誘惑の板挟みにされていた。

「あああああ。クッソ分けわかんねぇ!何だこれ。ゆーき物がねんしょーした時に出来るもんなんて、将来何の役に立つんだっつうの!」

「それ物理の先生のサービス問題。中学生の理科の範囲よ。こんな問題解けないクズが将来何の役に立つっていうのよ。冗談は顔だけになさい」

「あああああ。クッソ分けわかんねぇ!何だこれ。何で英語の教科書に出てくる外人留学生は異様に日本文化に興味津々なんだっつーの。あれ、助動詞ってなんだっけ」

「それ前のテスト範囲よ。英語以前に日本語が理解できてないって終わってるんじゃないの。この見せかけハーフ」

「由花子おめぇ、なんでそうスラスラ人を罵倒する言葉が出てくんの?暴言ネイティブなの?」

不良二人が頭を抱え、美人が見下し、小柄な青年がなんとも言えない顔で傍観している。そんな夏の教室。テスト4日前。まだまだ序の口の光景である。

「由花子さん、お願い。もう少し優しく教えてあげてよ。まだ勉強会一時間も経ってないのに、二人とも満身創痍だし…」

「優しい人ね、康一くん。こんな社会不適合者予備軍共に気なんか使わなくってもいいのに……」

そういう所が素敵なんだけど、と乙女のごとく顔を赤らめる彼女。先ほどの氷の瞳が春に変わる
。誰が言い出しっぺかは忘れ去られたこの勉強会は、早くも後悔の念が渦巻いていた。吹奏楽部のbgmが、うだる暑さに混じって溶ける。

「にしても一学期もそろそろ終わりかぁ。あっという間だったなー」

「この地獄が終われば、早くも夏休み、肛門矢のごとしってヤツだよなー!」

「尻割かれてさっさとくたばりなさい、光陰よ間抜け」

暴言ネイティブが鮮やかに決まり、小さく落ち込む億泰の隣。机に肘を付き、見せかけハーフの整った顔が青い空を見上げた。

「……結局あいつ。今学期数えるくらいしか来なかった」

「んあ?あいつって誰だよ、仗助」

「あ、もしかして苗字さんのこと?」

「苗字?」

「あ、え、えっと、うちのクラスの苗字なまえさん。彼女、『仕事』で中々学校に来られないんだ。僕もほとんど喋ったことなくって、あんまり知らないんだけど……」

康一の若干てんぱった早口の説明は億泰にではなく、康一の口から女子生徒の名前が出た途端、般若のそれとなった由花子へのものであった。

「高校生が仕事ぉ?なんだそりゃあ……。って、おおっ!!外見てみろよ康一!チア部が練習してんぜぇ!チアガールだぜ、チアガール!ああ〜いいよなチア服ってよぉ〜。スゲェそそるよなぁ、なぁ、康一!」

「え、えっと、いや〜、ど、どうなのかな?わかんないや、はは……仗助くんは?」

チアガールでないごつい不良がぴょんぴょんと跳び跳ねる。もし同意したならば、自分もチア部もただでは済まない。後ろの般若を見ないように仗助にパスした。

「なぁ〜仗助、オメーもそう思うだろ?」

「馬鹿なこと言ってねーで、課題終わらせっぞ。これマジで夏休みなくなるかもだぜ」

「そうそう!早く課題終わらそう!」

ナイス!GJ!ブリリアント!康一は心の中でガッツポーズを決めた。模範解答だ。後ろで般若がゆっくり人間に戻っていく気配を察知し、胸をなでおろす。気だるい勉強会の再会だ。


「巫女服が一番そそるに決まってんじゃねーか」

ぽつりと呟いた言葉は、校庭からの姦しいチアガール達の声にかき消された。


あまり出番がないことに定評がある巫女さん。
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