「では、これをもってゆきなさい」
「何これー? …うぉっ、仕込み番傘! あざーす!」
「ひつようになるときがくるとおもい、いそぎつくらせてせいかいでしたね」
「謙さん流石! じゃ、行こっかゆき!」

―――頼みの綱が…!

凄まじくあっさりと見送られ、ゆきはその場に崩れ落ちた。


「………一羽」


小さな声に呼ばれ、顔を上げると、かすがが小袋を手渡した。


「謙信様からだ。少なくて申し訳ない、だそうだ」
「えっ!? とととんでもないです! ありがとうございます!!!!」


小袋と言えども、かなりの重量だ。
ゆきはもう一度深々と頭を下げると、とっくに歩き出していた藤木の背中を追いかけた。



***


「さ、とうちゃーく!」
「地理どうしたの!?」
「そこは気にすんなゆき! はい、魔法の言葉!」
「ば、ばさらだから……!?」
「よしおけー行こう!!」


無理やりな理屈に首を傾げながらも、藤木の後ろをついていくゆき。

―――奥州って…こんなとこだっけ…。この橋、見覚えない…。でも見覚えある気も…。

そんなことを考えながら歩いていた所為か、藤木が足を止めていたことに気づかなかった。背中にまともにぶつかる。


「っ、藤木? どうかし、」
「すっごい人いんね」
「え」
「ほらほら! 青い軍団と、緑っぽい軍団いるし! グラデーションやべぇ!!」
「あ、青い軍団と緑っぽい軍団………?」


ほら、と指す藤木の指先をいやにゆっくりと見る。

その景色を見た途端、ゆきはここが奥州ではないことを痛感した。そして、思い出した。


「…ここ…、羽州だ……」
「うしゅう?」
「長谷堂城…! 羽州の狐がいるとこ!!」
「“うしゅうのキツネ”? 名物なの?」
「違う違う! 狡猾っていうかイラつくっていうかな奴がいるとこ!!!!」
「あー、あれねー。知らないけど」
「あいつのとこについちゃってたんだ…! 何か無性に腹たつ…!」


ゆきの異常なテンションに、藤木は軽く瞠目した。
それから、普段のゆきならば絶対に乗らないであろう話しを持ちかけてみた。


「じゃあ、倒しに行ってみっか」
「そうだね! ルートは完璧に覚えてるから道案内は任せて!」
「…よっしゃ、行くか!」


流れとはいえ、突然参加を決めた中々に大がかりな“喧嘩”に、藤木は人知れず笑みを浮かべた。


「最速でいこっか。まずどっから落とせばいい?」
「えっと…、本当は手前の陣を落としといた方が船が攻撃されなくていいんだけど、最速なら…、もう一個先の陣から落とした方がいいよ」
「とにかくここ無視ってことかおっけー!」


矢やら刃やらが交錯する戦場を、たった二人で駆け抜けていく。
この様子を見れば流石に今のゆきでも正気に返ってしまうかと思っていたが、そうでもないらしい。

―――どんだけ“うしゅうのキツネ”のこと嫌いなんだか。ってかここまでゆきに嫌われてるとかマジ乙。

「よっしゃあ行くぜぇ!!!!」
「は? 女子? …伊達軍め、女子の手を借りねばならぬ状きょ、ごぶばぁっ」
「はいどけどけー!!!!」
「伊達軍はそんなピンチじゃないです! 私たちは一切関係ありません!」
「ぴ、ぴんち? ぴんちとはなんだ、この…あやかしが!」
「あやかしじゃないです!!!!!」

「凄い…! あのハイパー人見知りでコミュ障のゆきが、あんだけ人に話しかけた上、暴力まで振るってる!」


藤木の半ば小馬鹿にしたような感心の声も聞こえていないのか、ゆきは何らかの武器を振り回していた。
怒りの為せる業だろうか。


「でもごめんね、美味しいとこもーらいっ!」


完全に不意を突かれたのか、陣大将があっさりと崩れ落ちた。
水門が轟音を上げて開く。


「おーい、誰だか見えねぇけどありがとな!!」


船上から伊達の兵士の一人が、大声で礼を言った。
が、まさかこの陣を落とし、水門を開いたのが自軍の人間ではなく、ふらりと現れた少女二人だとは夢にも思っていなかった。


「よし、次行くよ次ー」
「うん! 次ももう一個先!」
「おーらい!」


船より一足先に陣につくと、先程と同じ要領で陣を落とす。
今回は不意を突けなかったが、藤木の腕前でそこは何とかできた。


「ゆきが雑魚相手に全く動じない辺り、我失いすぎだよね」
「何が?」
「いやいや、今は失っててくれた方が助かるからいいんだけど」


そうこうしているうちに船は目的地にたどり着いたらしい。
目の前で門が開く。


「待ってましたー!」
「うん、ここまでは順調だねっ」


ゆきが“嬉しそうに”笑う。と、当時に門が開ききり、中にいた伊達の兵士が顔を出した。


「待ってましたぜひっと………」
「あ、ごめーん、先行くね!」
「すみません、お先に!」
「「「……………」」」


呆然とした様子の伊達軍の横をすり抜け、陣を落としにかかる。が、最後の陣の為か、他の陣大将と比べれば中々強い。


「こいつ倒せば橋降りてくんだよね?」
「うん…っ! これが最後の奴っ!」
「じゃ、やっか!」


そうこうしているうちに、少し離れたところから爆音のようなものが聞こえた―――ような気がした。
戦場の喧噪に紛れてはいたものの、藤木の耳にはきちんと届いていた。

にやり、と笑う姿に、陣大将が少しだけ戸惑った。


「あっれー、もしかして今、最終兵器とか倒されちゃったんじゃね?」
「な!? 角土竜が!?」
「はい隙ありっと!!!」

上手いこと攻撃が入ってしまったらしく、陣大将が頽れる。

跳ね橋が降りて、道が開けた。

その先では、既に二人の武将が戦いを始めていた。


「えーと、伊達さん?の加勢すればいいんだっけ」
「うんそう! イケメンさんの方!」
「おっけー、イケメンな! 行ってくんね!」
「いってらっしゃい!」


ビッと親指を立てた藤木は、橋を駆けていく。その後ろ姿を見守りながら、ゆきはふと気づいた。


「……あれ、ゆきのイケメンって、」
「覚悟ー! キツネー!!!!」
「!? What!?」


予想的中。


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