悲しむ準備は出来ていた たけや と くくち

2010/01/03

「この街は、一年のほとんどが雨なんだ」

住むなら雨漏りのないアパートをお薦めする、と冗談とも本気とも取れる言葉を彼は口にした。店に入る前に降りだした雨が本格的なものになって、ずいぶん、久しい。体を暖めるために、と頼んだアイリッシュコーヒーは、もはや飲んだ時のラインだけがカップにあるだけだった。豆を砕いてできた粉の残滓が底にひっそりと佇んでいた。

「何かさ、雨の日って、哀しくなるよな」

窓を滝のように伝い落ちていく雨のせいでは、世界は真っ白に煙って見えた。古い映画を見ているようだった。モノトーンの、綺麗で、哀しい。返事がなくて、視線を外から兵助の方へと戻すと、彼の唇が緩んでいた。堪えきれない笑いが口の端から落ちてくる。

「何だよ」
「いや、ハチの口からそんな言葉」
「悪かったな」
「ハチは晴れ男ぽいもんな」

雨は似合わないよ、と言われて俺は泣きそうになった。この街から出ていくんだろ、と問われているような気がした。店の屋根を叩く雨音が、急に遠くなる。水の底にいるみたいだ。

「一曲、弾いてよ」

兵助の眼差しが俺の相棒に、古びたアコーディオンに向けられる。

「おぉ」

ひたすら明るい曲を弾こうと思った。鬱蒼とした気分をこの雨ごとを吹き飛ばすような、そんな曲を。

(旅芸人の竹谷と酒場の店員の兵助)







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