瓦礫の下に花が咲いています たけや と くくち ※兵助が年下

2009/12/20

見回りの当番のことをすっかり忘れていた俺は先輩の嫌味で気づき、部屋の鍵をして回った。学習室の戸締まりをしにいけば、ぽつり、と黒いコートの背中が一つ。この時期なら、もうちょい残れよ受験生、とも思ったが、消し方が悪かったのか白っぽい黒板の上にある壁時計を見れば最終コマの講義が終わってすでに一時間。居残ろうとする塾生が追い払われる時間から15分が経っていた。「おーい、閉めるぞ」と声を掛ければ、振り向いたのはうちのクラスの久々知兵助だった。

「あ、竹谷」
「竹谷じゃねぇし。ちゃんと先生ってつけろよな」
「バイトなのに?」

嫌味な奴だな、と思いつつ、年下なんだから、と堪えて久々知に近づき「そろそろ帰れよ」と帰宅を促すと、じ、っと大きな瞳が俺を見上げていた。

「何だ?」
「質問したいことがあったから、待ってた」
「質問?」
「そう」

そういや、先週はインフルエンザで休んでいたな、と思い出した。業界有数の塾でバイトをしている俺は塾講師ではなく、補助みたいな役だった。年齢が近い、つまりは最近大学受験したばかりだから、受験や大学の情報を教えたり、ちょっとしたアドバイスをしたり相談に乗ったり。バイト内容の一環として、まぁ、塾の講義の内容をノートに取って、休んでいた奴にそのコピーを渡すなんてのもあった。先週、休んだ分を、久しぶりに出てきた夕方に渡したんだが。俺はコイツは頭がいいけど、さすがにあんな走り書きみたいなノートじゃ駄目か。

「ノートの範囲でなら、教えれるけど」
「授業のことじゃなくて。あ、そうだ、年号一つ間違ってた」
「マジで?」

げ、と反応すると、久々知は楽しそうに笑って、それから、「あ、そうじゃなくて」と不意に真顔になって俺を真っすぐ見据えた。

「竹谷先生ってさ、彼女、いるの?」

まさかコイツから恋愛系の質問? と予想外の事に「は?」と素っ頓狂な反応しか出てこなかった。久々知は少し苛立ったように「だからさ、彼女、いるの?」と重ねて問うてきて。それに圧倒されるように「いや、いねぇけど」と答える。それから、「今は」と付け足したのは、個人的なプライドだ。

「じゃぁ、俺と付き合ってよ」

塾生との恋愛禁止、バイトの面接に受かった時に塾長に口酸っぱく言われた言葉が頭に浮かぶ。いやいや、そうじゃなくて、

「久々知、昨日、何時に寝た?」
「えっ…3時過ぎ」
「一昨日は?」
「も、同じくらい」
「今日はこのまま、帰れ。んで、風呂に入って、すぐ寝ろ」

我ながらずるい、と思った。彼もずるいと思っているだろう。険を含んだ鋭いまなざしが俺を突き刺した。けど、彼は何も言わずに立ち上がり、散らばった文房具を片付け始めた。

(ヘタレ大学生竹谷と積極的な高校生久々知)





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