深海の誘惑 たけや と くくち
2009/12/20
よぉ、と手を軽く掲げた竹谷は、あんまり、変わってなかった。記憶に残る彼の面影を輪郭を瞼の裏でなぞる。ぴたり、と一致しないのは、目の際の皺が深くなったことぐらいだろうか。こうも簡単に彼の事を思い出せる自分に驚きと、それから呆れが込み上げる。------もう、とっくに忘れたはずだと思っていたのに、と。
けど、こうやって思い返せば、まるで昨日の事のようだった。竹谷と付き合っていたのが。
久しぶりの同窓会は馬鹿みたいに騒がしかった。組別ではなく学年合同で行ったために、借り切った大宴会場ではあちらこちらで奇声にも似た甲高い声が上がる。立ち替わり入れ替わり色々な人物がやってくるものだから、互いの近況を話すので精いっぱいだった。それでも、彼があまりに自然と話しかけてくるものだから、驚くほどのスピードで俺と竹谷は昔みたいに打ち解けていた。
「兵助、この後、暇?」
そろそろ時間なんでー、と幹事が何度目かの言葉を叫んで、ようやくお開きな雰囲気となった。鴨居のハンガーに掛けてあったコートを外し着こんでいると、背後に竹谷が立っていた。ボタンホールに指が引っ掛かってうまくはめれないのは飲みすぎたせいだろうか、それとも彼のせいだろうか。
「暇っていうか、二次会には行かないつもりだけど」 「じゃぁさ、もうちょっと、一緒に飲まないか?」
すっかり出来上がってる辺りの喧騒をよそに、俺を見つめる竹谷の目は深海のように静かだった。
(忘れていたつもりの兵助と忘れたつもりだった竹谷)
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