無音の空間 はちや と ふわ

2009/12/20


拝啓、不破雷蔵様


随分と古めかしい文体で始まった手紙に綴られている文字を僕はよく知っていた。あの頃、授業をさぼっては僕のノートに助けを求めてきた三郎は、けれども、それを写す時はどんなに焦っていてもとても整った字をしていたものだった。角ばった、少し神経質そうな、筆跡。
大掃除を、と昔の物を整理していて、大学時代によく読んでいた本が段ボールに押し込まれていたのを、偶然見つけた。懐かしさと喜びに、いつの間にか整頓をそっちのけで夢中になって読んでいて、気がつけば真夜中になっていた。久しぶりの読書熱に苦笑しながら、立ち上がって本を片付けてようとした時、ひらり、と落ちてきたのが、一枚の封書だった。糊づけのされてないこの手紙を、僕はもらった記憶がなかった。と、いうか、手紙をもらったことなど一度もなかったような気がする。あの頃は、すでに携帯なんて便利なものがあったから、三郎との連絡は全てそれだったのだ。手紙は続く。


いきなり、こんな手紙だなんて、君の事だ。すごく驚いていると思う。何分、普段は手紙を書かない自分のことだ。少しおかしな所もあるかもしれないが、笑わないで読んでほしい。


色褪せた紙に薄れたインク。あまりに時を隔てすぎたそこに宿るのは、あまりに若く、そして率直な言葉だった。僕に愛を謳う言葉が連なっていて、誰もいないのに思わず僕は周りを見回してしまった。頬が熱い。

この手紙を、雷蔵、君が読むのはいつになるだろうか。明日だろうか、明後日だろうか。それとも一年後だろうか。もしかしたら、十年後かもしれないな。メールみたいにすぐ届くわけでもないし、電話みたいに声が聞こえるわけでもない。ましてや顔を見て話しているわけじゃないから、君がこれをどんな表情で読んでいるのかも分からない。けれど、君がこの手紙を見つけた時、その時、-----


「私は雷蔵の傍にいられたら倖せに思う、か。……馬鹿だなぁ、三郎は」

はたり、と落ちたものが、手紙の最後に綴られた鉢屋三郎という署名を滲ませた。




(待たなかった雷蔵と手紙の中にいる三郎)




prev | next




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -