鉢雷

冷えるねぇ、と雷蔵は所在なさそうな指先をそっと擦り合わせた。目の前を滲ませる白は、造形を象ることなく曖昧なまま消えてしまう。
そうだな、と口を開いて相槌を打つのさえ億劫になるくらいに冷え込んだ朝は音さえも凍りついてしまったんじゃないかと思わせるくらいに閑かだった。下級生はまだ温かな微睡みの中に、一つ上の先輩たちは既に(いや『まだ』かもしれないが、それはともかく)鍛錬に遠くに出ていて学園にはいないのだろう、私たちが歩く先の枯れ葉にうっすらと積もっている霜は穢れなき白のままであった。それを踏みしめ、大地に馴染ませながら穂を進める。

「本当に寒いね。朝が起きるのが辛い季節になったというか何というか……なんて言おうものなら、先輩方に怒られそうだけど」
「鍛錬が足りんってか」
「うん。ほら『寝ずに鍛錬すれば起きずに済む』とか何とか言われそうじゃない?」

そう雷蔵は口元を緩めたが、妙に現実味を帯びて思い浮かべることができてしま
った私は「冗談に思えないのがあれだな」と呟けば、同じく想像したのだろう雷蔵の笑いは乾いたものになった。
だが、しばらくすると、ふ、と再びその笑みを柔らかなものに雷蔵は変えた。

「僕、この学年でよかったと思うよ」

何気ない、言葉だった。そう、本当に会話の続きでしかない、特別な意味などないはずだ。強いていうならば、私たち五年生に今から六年の一部のように何かにつけては『鍛錬』という人がいなくてよかった、という安堵くらいだろう。だが、それだけだ。深い意味などない。
それなのに、何故だか、ふ、と過ったのは酷く昏いものだった。……この学年で、こうやって一緒にいられるのもあと少しなのだ、と。

「三郎?」
「あ……」
「どうかした?」
「いや、私もこの学年でよかったなって思っただけだ」

本当に、と細まった瞳がそう尋ねているような気がして-----雷蔵には敵わないなとひっそりと心の中で呟き、それから私は「心からそう思うよ」と彼の手を取った。温もりがじくりと傷んだ。




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