鉢雷(現代・十万打リク【お風呂 カーテン 飲み物】甘い話)

※十万打リク・鉢雷【お風呂 カーテン 飲み物】甘い話


『一段落したし、呑みまないか?』

そう誘いの用件で電話が来たのは卒論の中間発表の最中だった。

***

たまたま、マナーモードにしてあったから音は聞こえなかったものの、ちょっと冷や汗をかいてしまった。なかなか収まらない響きに、ついつい、掌で振動の元を押さえつける。僅か十数秒がやたらと長く感じたのは、まぁ、教授が厳格な性格をしているからだ。誰の視線を集めているわけでもないのに、見られているような気がして、右手にじわじわとした熱が集まってくる。

(誰だろう?)

携帯電話、って言うものの、どっちかといえば主に使ってるのはメールばかりで。久しぶりのそれが電話だって気づかなくて、いつまで経っても続く振動に、一瞬、頭が真っ白になった。どうやって留守録に切り替わるんだっけ、っと、教授や他のゼミ生の目を盗んで、ちら、っとポケットから取り出す。点灯したサブディスプレイの中で光っている文字は『三郎』で。

(三郎? 何の用事だろう?)

それこそ、何か緊急な用事なんじゃないか、って不安になった。メールじゃなくて電話だなんて。この時間帯、三郎も僕と同じように卒論を教授や他のゼミ生と見せているはずだった。昨日の夜、というか、今朝方までパソコンと格闘していたらしく、もう日も昇ってきて僕の起きがけの頃に「雷蔵が大学に行くときに電話で起こしてくれ」って携帯メールが来た。僕はゼミ発表の前に一つ授業があるけど、三郎はないらしい。ちょっとでも寝てから大学に行くつもりらしい。

(相変わらず、ギリギリなんだから)

そうは思ったけれど、邪険にすることもできなくて。だから、着替えて朝食を摂って、持っていくパワーポイントの資料を鞄につめて、帰ったらすぐにお風呂に入って寝れるようにお湯張りの予約を設定までして、すぐに出れるように準備をしてから三郎に電話をした。

(こうやって電話するのも久しぶりだなぁ)

最初はそんな風に呑気に構えていた。けれど、彼が出る気配はなくて。何度鳴らしても、出てくれなくって。最初は間髪開けずに鳴らし続けていたけど、僕も家をそろそろ登校しなければ間に合わなくて。家を出て歩きながらも電話を入れたけれど、繋がらなくて。僕の履歴が三郎の名前でいっぱいになった頃、彼が『ありがとう、今起きた』というメールが届いて、それっきりだったのだけど。

(何かあったのかな? 電話してくるなんて……)

こっちも卒論発表をしていると知っているにも関わらず電話をしてくるなんて、余程のことだろう。今すぐにでも通話ボタンを押したい。けれど、緊張した面持ちで語っている学友の姿を見れば、抜け出せるわけがない。とりあえず留守録、と指がボタンを探している内に、振動は忽然と途絶えた。やっぱり出ればよかったかな、と後悔する僕の掌の中で、また携帯が震えた。今度は、短く。メールだ。

『後で電話をくれ』

何の絵文字もない、シンプルな一文。それがますます僕を不安に駆り立てる。いつもだったら、語尾にくだらない絵文字や顔文字が付くのに。そんなことを足している余裕もないくらいの状況何じゃないだろうか、そう思ったらいてもたってもいられなくなって。顔は友人の方を向けつつ、机の下で必死に指を動かして文を作る。

『ごめん、今、電話に出れないからメールちょうだい』

普段は考えに考えてその後に絵文字をくっつけるけど、今日は迷う暇もなかった。急いた手は送信ボタンに直行する。何事もありませんように、そう祈るような気持ちで。その瞬間、空気が割れた。ちょうど、友人の発表が終わった所で、慌てて携帯を膝の上に転がし、僕も他の聴衆と同じように手を叩く。

***

「もしもし、三郎? どうしたの?」

その後にあった友達や院の先輩らの発表は、全然、頭の中に入ってこなかった。遅々しか進まない進行にイライラしつつ、何度も掌で包み込んだ携帯ばかりを見る。けど、どれだけ待ってもなかなか、返信は来なくて。もう一回、メールを打とうかと迷っていれば、ようやく最終発表者の講評が終わり、解散の言葉が告げられる。緊張感が解け、ざわめきがゼミ室に満ちだして、労いの言葉を掛けている教授の話を横に僕は「ごめんね」と周囲に断って席を立って急いで部屋を出る。着信履歴の一番上、三郎の番号に発信ボタンを叩くような勢いで押して、軋むような思いでコール音を聞いていたというのに。そうしてようやく連絡が取れたというのに、

「お、雷蔵。よかった。あんまりにも遅いから、振られたかと思った」

こっちの予想の他、繋がった声は明るく浮かれていて、緊急の何かがあったんじゃないか、って危惧していたけれど、どうやら違うらしい。心配して損した、と思いながら「ごめん。けど、だって、ちょうど発表中だったんだもの」と事訳をすれば、「あ、そうだったな」と三郎はあっさりと納得した。やきもきしながら発表が終わるのを待っていたのが急に馬鹿らしくなって、ちょっと口調に棘が混じる。

「で、何だったの? 急に電話してくるなんて」
「あ、何っていうかさ、一段落したし、呑みまないか?」
「っ……あのさぁ、そんなことのために電話してきたの?」
「そんなこと、って結構、大切なことだろ」

照れることもなく「最近、雷蔵と一緒にいられなかったから、二人っきりで過ごす時間は大切だろ」なんて、聞いてるだけでむず痒くなって、でも、嬉しくて。僕は早口で「で、何時に三郎の家に行けばいいの?」と話を事務的な用件に戻す。

「あ、今日くらい外で呑まないか?」

普段、三郎が手料理を振る舞ってくれて家で呑むことが多いから珍しいな、って思って。そのことを告げれば、「私だって、さすがに今日は作りたくない」と笑った。それから待ち合わせの場所と時間を切りだした。



***

そのまま部屋に雪崩れ込んで-----------靴を脱いだ途端、本当に雪崩れ込まれた。上から覆いかぶさってきた熱を押し返して断りを入れる。

「ちょ、待って」

店で呑んでるときはアルコールの匂いが充満していたし、早く触れたくていそいそと乗ったタクシーは真ん中を離れて距離があったから気づかなかったけど、結構、酒臭いし。店に充満していたタバコの臭いも乗り移ったんだろう、吸わなかったのに臭い。おまけに脂っぽい気までしてきた。ぴったりとくっつけば、どっちがどっちの匂いなのかは分からないけど……急に気になってきて、僕は落ちてきたキスを、彼の口を手で塞いだ。もご、と彼の息が掌にくすぐったい。

「何でさ?」

僕からお預けを食らった形の三郎は、押えるようにした僕の掌からすり抜けると「ここまで来て、やっぱりなし、とか嫌だぞ」と不服そうに唇を尖らせた。

「それはないけど、けど、シャワーくらい浴びたい。酒臭いし」
「えー、大丈夫だって。私は気にしないし」
「三郎はよくても、僕が嫌なの」

きっぱりと言い切れば三郎は仕方ない、といったように、僕に圧し掛かっていた体重を横に退けた。引っ張り起こしてくれようとしているのだろう、僕の方に出された彼の手に自分のそれを重ねる。アルコールかそれとも別の理由かは分からないけど、ちょっと熱かった。でも、それは一瞬で。すぐ僕の体温と融解する。たぶん、きっと、僕も同じように熱いんだろう。

「お風呂も沸かしていったし、もったいないだろ」

朝の地点では卒論発表終わったら、そのまま帰ってさっさとお風呂に入って寝るつもりだったのだ。予約の時間はとっくに過ぎていて、たぶん、熱いお湯が浴槽にいっぱいになっているわけで。どうせなら、することする前に風呂に入っておきたい。これを逃したら、確実に今晩は入れないだろうから。

「けど、雷蔵、べろべろじゃん。大丈夫?」
「何が?」
「酔っぱらって風呂の中でこけたり溺れて死んじゃったりしない?」
「しない、しない」
「雷蔵がいなくなったら、私はどうすればいい?」

そんなこと言う三郎の方がよっぽど酔っぱらってる、って思ったけど、口にしない。馬鹿だな、って言いたかったけど、それは言葉にならなかった。変に感傷的で、ぎゅ、っと胸が苦しくなって。意味もなく泣きたいのは、きっと、呑んじゃったからで。理由はぜんぜん分からないんだけど、何か涙が出そうになって、でもそんな姿を三郎に見られたくないから「そう思うなら、水か何か持ってきてよ」と僕は彼の温もりから抜け出した。何か言いたそうな三郎に「シャワー浴びてくる」と告げて。

***

「ん、冷蔵庫に入ってたやつ、口開いてたけど」
「大丈夫。昨日開けたやつだから」

ありがとう、と言って僕は三郎の手からペットボトルを受け取った。ひんやりとしたそれを顔に当てれば、ちょっとだけ、胸のざわざわしたものが収まったような気がする。瞼奥の熱が引いていくことに、ほっと胸を撫で下ろして、すでに緩んでいたペットボトルの蓋を外す。

「あれ、シャワーカーテン換えた?」

家賃の安さを一番に考えたアパートは、いわゆるユニットバスだった。ちょっと変わってるのは、風呂に隣接しているのがトイレではなくて脱衣所兼洗面所で。仕切りがないものだから、そこにシャワーカーテンを掛けて床が濡れないようにしてあるのだけど、つい、先週、換えたばっかりだった。忙しい時ほど別のことをしてしまうというか、昔からテスト前になると掃除をしたくなったけど、今回も同じで。もう発表準備で色々とギリギリだ、って分かってるのに、つい、色々と模様替えをしたくなってしまって。けど、元より大雑把で物が多い僕の部屋でそんなことしたら、足の踏み場もないくらい荒れてしまうのが目に見えていたから、部屋は我慢して、あんまり影響のないところだけをいじったのだ。

「あ、うん。換えた」

知らなかったっけ、と尋ねれば「最近、来てなかったからな」と三郎は呟いた。そうやって言われて、そういえば今週は卒論の準備が忙しくて、メールはしてたけど顔を合わすことはなかったことを。そうして、改めて実感する。たった、一週間離れただけで、胸に巣食っていた淋しさの存在に。さっき、泣きたくなった理由に。だから、

「一緒に入ろっか」

その三郎の提案に、どう考えたって狭いから無理だ、って分かってたけど「うん」と僕は甘えることにした。



***

鉢雷【お風呂 カーテン 飲み物】甘い話でした。
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