竹久々(現代)

※11月のオンリーで無配したものに修正加筆

「今日は男の手料理を食わせてやるぜ」

レポートが忙しくて、ハチが「兵助、兵助」って言ってきても相手ができなくて邪険にあしらって放っておいたら、いきなり訳の分からない宣言をされた。すごい意気込みで台所に篭もったハチだけれど、さっきから全然、出てこない。基本的に、ハチの料理は豪快だ。冷蔵庫にあるもので、適当に作ってくれるのだが、けど、はっきり言って、俺より上手い。だから、そう変なものが出てくる心配はしてないのだけれど、

(何、作ってるんだろうな)

とりあえず、音はしてるから寝ている、ってことはないんだろうけど、中の様子が全然掴めなかった。寝室とか居間に食べ物の匂いが篭もるのが嫌いな俺は、学生にしては高めな家賃を払ってでも1DKというのに拘ってこの部屋に入居した。だから、こうやって、壁に隔てられて相手の顔が見えねぇのは不便だな、と感じるようになったのは、ハチと付き合うようになってからだ。

(そんなこと言ったら、調子に乗るから言わないけど)

一緒に棲む前は四六時中顔なんて合わせてたら、そのうち面倒になるんじゃないだろうか、って思ってたけれど違った。もちろん相手の嫌な所を見てしまうことはあるし、ちょっとしたことで喧嘩にもなってしまう。けど、朝の「おはよう」だとか、一緒にする「いただきます」だとか、出掛ける時の「いってきます」「いってらっしゃい」だとか、帰ってきた時の「ただいま」「おかえり」とか、寝る前の「おやすみなさい」だとか。つまりは、そういう当たり前のことでも、俺の心は何だか温かな気持ちになって。今となっては、顔を合わせない、ということが考えられなくなっていた。

***

(それにしても、遅いな)

正直、食べられれば何でもいい(というか豆腐さえあればいい)状態の俺は、いい加減、待つのに疲れてきた。まだ台所から音はしているから作り途中なんだろうけど、ご飯の前に片しておこうと思ったレポート類は、3回、見直しもしたし、そろそろ推敲する部分がなくなってきて。ちょっと、様子を見てみよう、と台所を覗き込めば、

「何、ひとりだけ食ってるんだよ」

そう突っ込まざるを得なかった。火力全開のフライパンから直接、菜箸を使って野菜炒めを食べているハチを見たら、当然の反応だろう。けど、ハチはそうは思っていなかったようで「や、だって、うまそうだったし」と、菜箸でさらに何かを摘んだ。白っぽいというか半透明なところを見ると、タマネギだろうか。そのまま、ハチの腹の中にはいるのかと思いきや、

「あーん」

俺の口元に野菜が来ていた。つい、「はぁ?」と呆れた声を出していたが、そんな俺など意に介することなく、ハチはまた「あーん」と言ってきた。ほこほこしている野菜からは独特の素朴な甘みのある匂いが漂っていて、上手そうは上手そう何だけど、そうじゃなくて。それを無視していれば、しつこく三回目。

「あーん」

俺が口を開くのを待っている。

(どうしたんだ?)

確かに、ハチは素でも「あーん」とか平気で言ってくるヤツだが、それでも、俺が嫌がればたいてい一回で引き下がるのに、今日はやたらとしつこい。何があったんだろうか、と思い、ちょっと不安になって辺りを見回せば、まぁ、あるわあるわ。床にごろごろと落ちているのはビールの缶だった。それも、一つや二つってレベルじゃない。空いている、ってことは、全部呑んだんだろう。

(もしかして、冷蔵庫の中の、全部呑んだんだろうか)

野菜炒めの油の匂いで気づかなかったが、そうとう呑んでるんだろう。まだ「あーん」て言っているハチは、先週、箱買いしてきたそれを全部呑んだ、って可能性が否定できないくらいアルコールくさい。

「ハチ、どんだけ呑んだんだよ」
「だって、兵助が相手してくれないからじゃん」

赤ら顔で拗ねてきたハチにさっきの自分の態度を思い出して「……悪かった」と謝ればハチは「あーん、で食ってくれたら許す」と無体な要求をしてきた。俺が「そんなのできるか、恥ずかしいだろ」と断れば、彼は「いいって。俺、酔っぱらってるから覚えてないし」と、また菜箸を俺の方に差しだした。

「あーん」





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -