鉢雷(現代)

※11月十色の無配に加筆修正

こんな状況いくらなんでも酷いだろ、そうぼやきたいのに、周りがそうはさせてくれなかった。歓談は途切れることなくあちらこちらで笑いが弾ける。甘ったるいカクテルみたいな浮かれた空気をこの部屋にいる誰もが創り出しているっていうのに、私一人だけが鉛を括りつけたみたいな重たい心でその会場にいた。何も除け者にされてるっつうわけじゃない。むしろ、会話の端々に私の名前は挙げられているんだが、

「鉢屋―、焼酎追加な」
「あ、こっちも」
「三郎、ビールってどこだ? 先輩方に注ぎたいんだけど」
「先輩、お茶って頼んでもいいですか?」

あっちこっちから聞こえてくる私の名前に、いい加減、「自分でやってくれ」と叫びたくなる。それでも、ぐ、っと堪えて「はいはい、さっきの麦でいいですね」「そっちの角にまだ空いてねぇのがあるし」「あーソフトドリンクも飲み放に入ってるから大丈夫だ」と会場を飛び回る。なにも幹事だから、って理由じゃない。------------この会場に、雷蔵が、いるからだ。

(惚れた相手に格好いいところを見せたいのは当然なことだろ?)

古今東西変わらぬであろうその思いに沿って行動をしているまでなのだが、さすがに気疲れしてきた。乾杯の音頭からずっと動き回っていて、アルコールどころか目の前にある料理にも一切手を付ける暇がないくらいで。あっちこっちから「三郎」って間断なく呼ばれ続けていたのだが、それでも、雷蔵が見ているのだ、そう思えば、この苦労も報われるのだろうけど、

(肝心の雷蔵はといえば、全然、私の方を見てくれてないし)

雷蔵はさっきから私の方を見向きもすることなく、後輩や先輩に囲まれて楽しそうに談笑していて、もう溜息しか出なかった。



***

サークルの先輩に勝手に幹事にされた忘年会。理不尽な押しつけに、最初はぶっちするつもりでいたのだ。(んな面倒くさいのが目に見えてるとこに行くなんて阿呆すぎる)だが、「三郎が行くなら行こうかな」おいう雷蔵の一言で私は参加すると決めた。そして、そのまま自然と幹事役に据えられたわけで。いっそのこと幹事権限を乱用して、クジにでも細工をして雷蔵と席を隣同士にでもなろうかと思ったのだが、すでに別の幹事がクジを作っていて、それも敵わなかった。

(ホント、私が何をしたっていうんだ)

あまりの酷い仕打ちに、どっかの神様を恨みたくなる。私が見ていることなど気づかずに楽しそうにしている雷蔵に、これはもう呑むしかねぇな、って思うけれど、どんどんと周りに用事を言いつけられて掛けずり回っているうちに、私の周りからはすっかりとアルコールの類いが消えていて、ビール一滴すら残ってない。

(あーあ)

周りだけが盛り上がっている空気にさすがに耐えきれなくなって「おーい、鉢屋」と呼ぶ声を無視して、「トイレに行ってきます」と私は部屋を離れた。



***

用を足したものの、あの部屋に戻りたくなくて。少しでも時間を引き伸ばそうとトイレの傍らの喫煙所で煙草を吸うことにする。さっきよりも喧騒からは離れてるものの、浮かれたざわめきの気配が耳にねじ込まれて潮騒みたいに離れない。

(このまま、ふけちまおうかな?)

雷蔵が見ていないんじゃ意味がない。内たいポケットに突っ込んだタバコの箱は、ぐしゃり、と潰れていた。苦労しながらどうにか取り出して火を付けようとしている俺の耳に、ぱたぱたと足音が滑り込んできた。そうとう切羽詰まってるんだろうか、と思いきや

「あ、三郎。よかったー。帰ったかと思って、すごっく探しちゃった」

そこに現れたのは雷蔵だった。ほ、っと肩を下ろした雷蔵は「幹事、本当におつかれさま」と私を労ってくれて。その温かな笑顔につい、甘えたくなる。

「なぁ、頑張ったご褒美、ちょうだい」
「ご褒美? いいけど、僕、今、何も持ってないよ?」

ポケットをポンポンと叩いて探っている雷蔵の手首を掴んだ。

「いいよ、雷蔵で」
「へ?」
「一次会終わったら、抜け出さないか?」







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