竹久々(現代・十万打リク【音楽・時代遅れ・信号】切ない話)

※十万打リク・竹久々【音楽・時代遅れ・信号】切ない話


オレンジの優しい光。そして影。一定間隔で路面を照らす街路灯は、延々とどこまでも続いていた。終わりのない、輪。深夜帯の環状高速を、俺たちはゆっくりと、ゆっくりと走り続けていた。隣を走る大型トラックにあおられ、時々、吹っ飛ばされそうになる。滅多とこない後続車は、俺が速度を上げる気がないと知ると、さっさとウィンカーを右に出して抜いていった。本当はもうちょっとだけ、スピードが出るんだが、兵助には「あんまり車の調子がよくないから」と言ってある。ポンコツ車加減をよくよく知っているのか、彼は何も言わなかった。

(もしかしたら、気づいてんのかもしれねぇけどな……)

わざと、俺が時間を引き伸ばしていることに。俺が「送ってく」と言ったとき、普段なら、絶対に一回は「いいって」と断る兵助が、今日ばかりは最初から素直に首を縦に振ったのだから。きっと気づいているのだろう。終着点でさようならだ、と。

(こんな目的のねぇドライブなんて、初めてだな……って最初で最後か)

自嘲することができるほど、冷静な自分がいることに驚いた。けど、もうこうやって兵助と共に車に乗ることがないのだ。そう思うと、馬鹿みたいに瞼の奥が熱に震えた。今、泣いたら事故る、そう言いきかせることで、俺は目頭の軋みに耐えることにした。フロントガラスを睨みつける。変り映えのしない光景。車に乗ってからずっと流しっぱなしの音楽は、いったい、何度目のリピートになるんだろうか。兵助の選曲したそれは、ずっと俺の車のオーディオに入れっぱなしになっていて、すっかりと俺の中でも根付いていた。だから何回転かしたっつうのわ分かるが、それが何回目かまではさっぱりだった。それすら、もう分からないくらい、俺たちはずっと環状線の輪の中にいた。

(信号がねぇ、ってのがいいよな)

ひたすら前へ。前へ前へ。前へ。止まらなくてもすむように、俺は敢えて環状線を選んだ。信号に引っかかって、一度でも止まってしまったなら、考えてしまう。何があったって覆すことのできない未来を、どうにかできねぇか、って。こうやってスピードに乗っていれば、余計なことを考えずにすむ。他の車とぶつからないように、そこだけに意識を集中させることができる。その理由で俺は環状線を選んだのだ。他にも兵助の家まで行く道はあったけど、兵助は何も言わなかった。終わりのない環状線で終わりを決めるのは、俺の足ひとつだった。



***

誕生日が来たら即、自動車学校に入学し、さっさと免許を取った俺は、高校の卒業式の次の日には、気持ちだけはピカピカのこのマイカーで兵助の家までデートのお誘いにいったのだ。もちろん、金なんてあるわけもなく、親に土下座して借りようとしたけど「まだ早い」と断られ、バイト代と貯金をかき集めて何とか購入できた車は、当然のことながら中古車だった。しかも、もう何万キロと走っていて、あと数年くらいなら乗れるだろう、ってくらい、じいさんな車で。

(前の持ち主は、大切に使ってたらしいけどなぁ)

店のヤツが言ったとおり、中は綺麗で使う分には特に支障はなかったが、何せ年代物だ。オートマなのにブレーキは引くタイプのやつだったし、なんとCDじゃなくカセットだったのだ。一昔前のドラマでしかみたことのないそれには、さすがに驚いたが、何よりも値段が魅力的で。

(まぁ、とりあえず一年くらい乗って、その間にバイトして金を貯めて新しいのを買おう)

現状を考えれば、それで手を打つしかなくて、俺はこの車を買うことに決めた。ただ、買ってみた物の、古くさいいのは中身だけじゃなくて、外見もそうで。時代遅れのフォルムをした車は、まぁ、少なくとも若者が乗るようなものには見えなかった。

(つうか、やっぱ、何か恥ずかしいよなー)

いざ乗ってみれば、そんな気持ちが生まれた。大通り、っうか、車線が複数ある場合は、ずっと一番左よりの車線を走っていた。万が一、何かあってもすぐに路肩に寄れるように、だ。それくらい、今にも息が止まってしまうんじゃねぇだろうか、と思わず心配してしまうくらい、ポンコツ車だったのだ。端を走っていた理由はそれだけじゃねぇ。気恥ずかしかったのだ。一応、頑張って、洗車して磨き上げて。直後は新車を手に入れた、っていう喜びで一杯だったが、いざ、エンジンを掛け、街に繰り出してみると、隣を走っていく車全てが眩しく見えて、舞い上がっていた自分に気づいて、穴があったら入りたい、って心境を身をもって体感していた。

(帰りてぇ……)

車を買った嬉しさのあまり「楽しみにしてろよ。いいもの見せてやるから」と兵助とのデートを取り付けたはいいが、実際、兵助の家に近づくにつれて、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。兵助にダセェって思われたら、と考えると、このままUターンしたいところだったが、約束がある以上、そうするわけにはいかねぇ。軋むような胃の緊張を抱えたまま、するすると兵助の家まで車で近づいていって-----------

「すごいな、ハチ、車、買ったんだ? かっこいいな」
「お、おぅ」

そうやって兵助が笑ってくれたものだから、緊張なんてどっかに飛んでいってしまった。急にこのポンコツ車がいい物に見えたのだから、まぁ、我ながらげんきんな性格をしてる。それでも、この兵助の一言は大きくて。一年だけ、って思ってた車に俺は結局5年も乗ることとなった。デッキ買って、カセットテープに兵助が選んだ音楽を録音して。



***

ぽっかりと開いた口の中に飛び込む。長い長いトンネルだ。ぎゅ、っと耳の奥が下がった。それまで、あまり気にならなかった車の音がやたらと煩い。背後に潜んでいた彼の音楽は途端にかき消された。トンネルの中は、俺のぽんこつ車以外に、他に走る車はなかった。規則的に点いている街路灯のオレンジが兵助に落ち、翳を帯びさせていた。淡く光る窓ガラスにぼんやりと顔を映し出している彼は、そっと瞼を伏せていて。寝ているのかと思うけれど、そうじゃねぇことを俺はよく知っている。

「寒くねぇか?」

実際、そう訊ねれば彼は瞼を開けた。その夜のように深い色の目に俺は映っていない。外を向いたまま兵助は「まぁ、寒いか? って言われたら寒いけどな……」と、ぼそ、と呟いた。ぐん、と迫る車体に、は、っと視界を兵助から正面方向にむき直す。ちょうど隣をトラックが走り抜けていくところで、走行音がごぉごぉと唸りを立てていて聞き取りづらかったけど、俺の耳が兵助の言葉を聞き取れない、っつうことはなかった。

「けど、いいよ、我慢できる」
「もうちょっとなら、温度、あげれるけど」

最小限に絞り込まれているエアコンの目盛りは、あまり大きくすると、途端にエンジン音に変な振動が混じり出すのだ。さすがに命を預けるには不安になって、一応、車の修理工場に見てもらったこともあるけど「まぁ、寿命だしね」と言われて終わってしまって。とりあえず、目盛りが2つ目を越えるとその不気味な音が急にうるさくなるために、暑かろうが寒かろうが、目盛りが2つ目を越えないようにするしか今のところ解決策はなかった。兵助もそのことを知ってるからだろう、「いいよ」と告げる声は、さっきよりもきっぱりとしていた。だましだまし使って、もう5年。とっくの昔に、走行距離は廃車にすべき距離を超えている。

「もし、これで高速でエンストとか起こしたら、笑えない」
「あー、そういや、あったなー。んなこと」

(あれはいつのことだっただろうか。それこそ、この車を買って一年目の夏だったんじゃねぇだろうか)



***

夏の初め。唐突に思いついて「海に行こうぜ」って兵助の家まで迎えに行って、高速に飛び乗った。しかも夜に。呑んでもねぇし、まだ宵の口だってのにすでに深夜テンションって感じで。車の中に置いてあったさんざん歌って交代でハンドル握って、陸地を横切って反対側の海まで行き着いちまった。

(着いちまったら、それでまぁ、満足だったんだけどな)

海を見たらもうそれでよくなって、日が昇るまで泳ぐって選択肢もあったが、俺らはそのまま足すら海水につけることもせず、そのままリターンして高速にまた乗った。真っ暗な高速の中、「何やってんだろうな」って顔を見合わせたら、可笑しさがこみ上げてきて。ひたすら笑いまくっていた。

(----------あの頃は、本当にくだらないことで何だって笑えた)

ポンコツ車だ何だって、左車線をとろとろ走ってて後ろからあおられるのすら楽しくて、馬鹿みたいにはしゃいでて。んで、ちっとも気づかなかった。給油ランプが灯っていたことに。やべぇ、って思ったときには、もう遅くって。とにかくサービスエリアに駈込んだけど、あいにく反対車線じゃねぇと給油スタンドがないって知って。二人して、とりあえず、事情を説明して裏口から出させてもらって、野道を歩き、高速の下を通り抜けて、ガソリンをもらいにいった。「最悪。ハチのアホ、普通、気づくだろ」とか言われて「仕方ねぇだろ。話に夢中になってたんだから。まぁ、冬じゃなくてよかっただろ」なんて言いながら。

(ホント、くだらねぇこと、いっぱいしてたよな)

今、思い出したって笑えてくる。この車と共に過ごした5年間は、本当に楽しかった。喧嘩もしたし、相手への優しさが足りねぇこともたくさんあって、泣かしたこともあったし、傷ついたこともあった。けど、思い返せば、こうやって、くだらない思い出が、何気ない日々が愛しくてたまらなかった。

「何ニヤニヤしてるんだ、ハチ?」
「ニヤニヤしてたか?」
「あぁ。何、考えてたんだ?」

怪訝そうな声に俺は兵助の方を見ず、分かってるだろう、って確認するような意味合いで答えた。

「お前と同じことだろ、多分」
「そうか……」

かしゃん。エンジン音。クーラーの吹き出し口から届く音。横から響くトラックの走行する唸り。様々な音が溢れていて、すっかりカセットテープのメロディなんてかき消されいて。それくらいうるさい中なのに、その音は、全てをかき分けるかのように俺に飛び込んできた。ちょうどテープが終わって、裏面に勝手に入れ替わる音。それは、さよならの、合図。

「もういいよ、ハチ。降りよう……んで、おしまいにしよう」

オレンジ色の光の中だというのに兵助の顔色が悪く見えるは俺の願望だろうか。嘘だろ、冗談だろ、何言ってんだよ。本当はそう叫びたいのに。なのに、言えなかった。知ってる。これが嘘でも冗談でもない。夢でも幻でもねぇ。--------俺と兵助が決めた現実なんだと。最初から、そのつもりだった。

(別れる、って決めて、この車に乗っていたんだから)

黙り込んだ俺を、兵助は了承と取ったのか、オーディオボタンに指を伸ばした。がしゃん。さっきより大きく響いた音。飛び出してきたのは、時代遅れのカセットテープ。そっとそれを取りだした兵助は、俺の顔前にそのまま差し出した。その向こうに見えるのは、先の見えない闇。トンネルの、出口。

「このテープ、ハチにやるよ。……別れたら、聞くデッキもないし」
「え?」
「まぁ、別れたやつの残しておくのも困る、ってなら処分してもらったらいい」

終わりのない環状線で終わりを決めるのは、俺の足ひとつだった。------けど、終着点は変わらねぇのだろうか。終わりという目的地は。テープの音楽はもう聞こえねぇはずなのに、俺の中でずっとリフレインをしていた。



***

竹久々【音楽・時代遅れ・信号】切ない話でした。
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