竹久々(現代・十万打リク【彼岸花・星・ラジオ】)

※十万打リクエスト:竹久々で【彼岸花・星・ラジオ】甘い話


「ハチ、これどうするんだ?」
「あー、もういいよ。適当に棄てて」

棚に入っていたプラモデルを手にしながら振り返ったが、ハチは服を段ボール箱に詰めるのに必死で、俺の方を見ることはなかった。焦るのも仕方ないだろう。あと2時間もすれば、引っ越し業者が来る手はずになっているのだから。元々、大学入学を機にひとり暮らしを始めた時に、ほとんどの物を処分した俺とは違い、ずっと実家暮らしだった彼の部屋には物が溢れかえっていた。そのことを知っていたから、前から「手伝おうか?」と言っていたのだけど、「いいって。兵助も準備あるんだし」とハチは断ってきて。案の定「片付けが終わらねぇ」と電話で泣きついてきたのは、引っ越し前日だった。

「そんな適当なこと言って、後で怒るなよ」
「怒らねぇって」

もう完全に上の空というか片付けでいっぱいいっぱいになっているハチに、本当かどうか怪しい、と、俺はもう一度後でハチに見てもらおうと、保留用と自分の中で区別した段ボール箱にそれを移した。ハチはといえば、あれもこれも、とぎゅうぎゅうに詰め込み、さっきまでタンスから服を引っ張り出していたかと思えば、今度はゲームを梱包材でぐるぐると巻いている。あまりの慌てっぷりに、だからあれだけ言ったのにな、という気持ちが募り、ちょっと皮肉交じりの言葉を投げる。

「もし業者に間に合わなかったら、車で運んだら?」
「まぁ、そうだけどさ。けど、もったいねぇじゃん。高速代」
「確かに、馬鹿にならねぇけどな」

***

大学時代、俺たちはいわゆる遠距離恋愛というものをしていた。入学してすぐ俺たちがまずしたことといえば、自動車学校と車を買うための資金を得るバイト先を探すことだった。車がなければ何もかもが不便なこの地とは違い、俺は交通の便のいいところに進学したのだが、迷わず自動車学校に大学生活の最初を注ぎこんだ。授業はもちろんちゃんと行ったし、それなりにゼミとかの人間関係付き合いはしたものの、それ以外のサークル活動とか合コンとかは基本的に断って自動車学校とバイトに終始したために、仲良くなった奴らからは、「そんなに地元に残してきた彼女に会いに行きたいのかよ」と、勝手に推測されてからかわれたりもした。

(彼女の部分は別として、まぁ、間違ってはない、か)

もちろん電車やバスを乗り継いで帰省することもできたが、何せ直通の線路がなく、乗り継ぎに乗り継ぎを重ねて大きく回り込んでいかなければならないために、電車だと帰るだけで一日がかりになってしまう。高速でなら、3,4時間といったところだろうか。結局、GWは帰省するよりも、皆が嫌がるために時給が上がったバイトを選んだ。車を買う資金にしたかったのだ。そのことをハチに電話で告げると、彼は残念そうな色を隠すこともなく「そっか」と呟いた。ハチの言葉が、ぎゅ、っと俺の咽喉を絞る。淋しい、と零したところでこの距離が縮まるわけじゃないけれど、けれど、この距離が逆に俺を素直にさせたのかもしれない。つい、

「会いたい」

そう零してしまっていた。濡れた声はハチに嗅ぎつかれて「泣くなよ」と、詰まった声が俺の耳を浚った。

「夏休み」
「え?」
「夏休みに、ぜってぇに車に乗って会いに行くから」

馬鹿みたいに泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れて重たい瞼だけが残された頃、ハチはそんなことを口にした。その言葉通り、一年生の夏休みに俺のアパートを訪ねてきたハチの傍らには、ぴかぴか、まではいかない、けれども、きちんと洗車された中古車があった。双方の両親の猛反対を受けつつ、出身地に---------ハチがいるこの町に------二人でハチの車を運転して高速を使って帰省した。

(あの時は、ちょうど帰省ラッシュと被って、最悪だったんだよなぁ)

渋滞にはまってしまい、すっかり、その存在を忘れていた。いや、知識としてはお盆だから道路が混むんだろうな、くらいの認識はあったが、ここまでとは想像もしてなかった。小学生くらいの時分であれば両親が休みになるお盆の時期に旅行に行っては渋滞に巻き込まれたという経験はしていたが、中高と部活や受験勉強が忙しくなるにつれ家族旅行もしなくなり、すっかり記憶の隅にしまわれていた。

***

「すすめー前!」

もちろん、そんなこと言ったって、目の前のブレーキランプが消えることはない。さっきから1ミリたりとも動かない車線上の自動車は、まるで展示販売会場を見ているかのようだった。呪文のように念じ続けるハチの言葉は、最初は冗談まじりで(それこそ、魔法使いみたいなノリで)言っていたけれど、一向に動く気配のない車両の列に、だんだんと低く、機嫌が悪くなっていくのがわかった。ハンドルを握らなくてもよいほどの渋滞に、そのうちに、運転席にいるハチは黙ってしまった。俺自身も、ちょっと疲れてきて口数が減っていく。ループし続ける音楽は、もう何周目のトラックに入ったのか分からない。

(こうなるんだったら、もっとCD、持ってこればよかった)

車には俺とハチが持ち込んだアルバムが1枚ずつ、合わせて2枚のアーティストの音楽が交互に延々とメロディを奏でていた。ハチは、行きに既にヘビロテしすぎて飽きたから、俺の部屋からもっとCDを車に積んでほしかったらしい。けど、荷物を減らしたかった俺は、どうせ車に乗るのは4時間だし色々と話をしていくからいいだろう、と、言いくるめたのだ。

「いい加減、聞き飽きたな」

自分でもさっきそう思っていたことをハチが口にした。純粋にこの楽曲に飽きたのだろう。そう、当てこすりでもなんでもないのは分かっていた。普段なら一緒になって「そうだな」と答えるだろう。けど、余裕がなかった俺は「仕方ないだろ。……まさか、こんな渋滞にはまると思ってなかったし。悪かったな、CDが1枚しかなくてさ」と、つい、言い訳と皮肉めいたことを口にしていた。すかさずハチが「別に、そういう意味で言ったわけじゃねぇって」と呟くが、穿った見方に傾いていた俺は「じゃぁ、どういう意味だよ」と、言い返していた。押し黙ったハチと俺との間をループし続ける曲が嘲笑っていた。

***

(せっかくハチに会えたのに、喧嘩とか最悪……)

あんなにもハチに会えることを楽しみにしてたのに、実家に着いてもこのままだったら、むしろ、そのまま喧嘩別れしたら、と一気に昏い気持ちが押し寄せる。身動きができない息苦しさが、ますます、俺の咽喉から言葉を枯渇させていく。謝るタイミングが見つからなかった。

「……渋滞情報さぁ、…ラジオでやってるって」

ハチの顔が見ていられなくて、顔を背けて助手席側の窓から遅々としか変わらない景色を眺めていた俺は、ふ、と緑色の看板に気がついた。勝手に渋滞情報に代えるのも厭味ったらしい気がして、俺は意を決してハチに話しかけた。固く小さくなった声だったが、とりあえずハチには届いたようで。久しぶりの会話だからか、驚きに俺の方を見遣った彼は、けれど、何も言わずにオーディオのボタンを押し、ラジオに変えた。チューニングに目まぐるしく形を変えていく数字が、ぱ、っと止まる。選曲を終えたらしい。ぶっ、とラジオ電波独特の音が弾けると同時に、聞こえてきたのは、さっき俺たちが飽きたと言っていた曲だった。思わず、二人、顔を見合わせて、声を上げて笑う。

「こんなことってあるんだな」

ひぃひぃ、と体を震わせて涙を浮かべて笑っているハチは、いつもと変わらぬ笑顔で。きりきりと狭まっていた咽喉に押しつぶされていたその言葉が自然と出てくる。

「ハチ。さっきは、ごめん」
「いや、俺こそ、イライラして悪かったな」

***

四年間の遠距離恋愛に終止符を打って共に棲むことにしたのは、ごくごく当然の流れだった。就職を機にハチも実家から出ることになり、こうやって荷造りをする日が来るなんて、まだ夢を見ているみたいだ。

「自分の荷物を取りに帰るためだけに、って考えるとなぁ、あ、兵助に会うためなら、高速代なんて全然気にならないんだけどな」

こっちが赤面するようなことも恥ずかしげもなく口にするハチに「よくそんな恥ずかしいこと言えるよなぁ」と照れ隠しにわざとそっぽを向いてそう言えば、「じゃぁ、これから毎日、歯の浮くような台詞を言ってやるよ」という申し出があった。丁重に「遠慮シテオキマス」と断りを入れる。

「って、んなこと言ってる場合じゃねぇし」

慌てて荷物整理を再開する。壁時計を見遣れば、タイムリミットまで、あと2時間。果たして間に合うのだろうか、と惨状が増す部屋にそう思う。けど、手を止めている暇はない、と、クローゼットの下段に収まっていたみかん箱を引きずり出した。もうすでに箱に入っているということは持ち出す予定がないのかもしれないけれど、ガムテープなんかで封がしてあるわけでもなく箱にも中身についての目安となる言葉が書いてあるわけでもなかったため、念のためにハチに確認しようと思ったからだ。だが、結構、重たい。いったい何が入っているんだろう、と箱を開ければ、

「教科書?」

しかも大学とか高校のではなく、小学校の時のものだった。ぱ、っとそれが何か分かったのは自分もそれを使っていたからだ。予想もしていなかった物の登場に俺の声は裏返ってしまい、それを聞きとめたのだろうか、ハチが振り返った。

「あー、そう。教科書。小学1年生から、全部あるんだよな」
「それはすごいな」
「なんか、おかんが取っとけってうるさいからさ」

箱の中で一番上に積まれていた教科書を手に取る。国語の教科書だった。ぱらぱらと捲っていけば、ところどころに、幼くいびつな字が書きこまれていた。ルビとかを振ったり、問題を解いたりした形跡が残されている。一番最後のページには「竹谷八左ヱ門」と、やたらと大きい文字で名前が綴られていた。

「すげぇ、でかい字。しかも、バランス悪ぃし」
「まぁ、画数が少ないと書きづらいって言うよな。俺も久っていう字は苦手だし」
「だよなー。俺の字、たしか1年で習うんだけど、書くの難しかったし」

そうぼやくハチは、俺のとは別の教科書を取り出して、流し見を始めた。

「こんなの勉強してたんだな。マジで、全然、覚えてねぇ」
「そうだな。けど、印象に残ってるのとかはあるけどな。ごんぎつねとか」
「あー、最後に殺されるやつだっけか?」
「そうそう。ごんは倖せだったのかな、って、思ったら子ども心にも、何か重いものがずしって来た」

ふ、と、脳裏に赤い群像が布切れのように広がった。恐らく、そんな一文があったのだろう。細かいことは覚えていない。ただただ、物悲しさだけが、その彼岸花と共に刷り込まれている。

「何か教科書って哀しい話が多いって感じがするんだよな。覚えてるのがそんなのばっかだからかな」
「確かに。よだかの星とかも、鮮明に覚えてる」
「あー。それも最後、死ぬんだっけ? 独りで」
「死んだ、とは明記されてないけどな。『今でもまだ燃えています』って終わるし」

よだかはどうなったのだろうか。居場所も失ってしまって、ただ傍にいるだけでいいと望んだだけなのに、結局、誰からも相手にされなくて、独りで燃え続けるなんて、淋しくないのだろうか。

「俺はハッピーエンドの方がいいな」

鬱鬱と考えて込んでしまった俺の頭を、温かいものが包み込んだ。ハチの手、だった。唐突な言葉に「え?」と聞き返すと、ハチは俺の頭をくしゃくしゃと撫で、それから、ふわりと笑った。それから、「やっぱり物語を紡ぐなら、ハッピーエンドがいい」と続けた。

「ごんやよだかが倖せかは分からないけど、死ぬときにさ大学の時は高速で会いに行ったよなとか渋滞中喧嘩したよな、引っ越しの時に前日に兵助に泣きついたよなって兵助との思い出をたくさん抱えて死ねたら俺は倖せだよ」
「ハチ……」
「俺さ、兵助となら、ハッピーエンドで終える自信がある」

***

竹久々で【彼岸花・星・ラジオ】甘い話でした。
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